FC2ブログ

読書と映画

読んだ本、見た映画について感想を書いています。
2019 12123456789101112131415161718192021222324252627282930312020 02

【邦画:歴史】 永遠のゼロ(映画版)

【評価】★★★★☆

eien_zero_movie.jpg
2013年/日本
監督:山崎貴
主演:岡田准一
原作:百田尚樹著「永遠のゼロ」

レンタルショップに、本作が置いてあるのを見て、以前、原作を読んだなぁと思い起こし、手に取ったのでした。
原作の感想を書いた自身の記事を読んでみたのですが、結構感動したといった趣旨のことが書いてあるにもかかわらず、すっかり、内容を忘れていたのでした。映画を見ることで、その感動を思い起こすことができるのか!


【ストーリー】
============================
自身の祖父が特攻で戦死したことを知り、戦争当時の祖父の様子が知りたくなり、取材を開始する。祖父を知る人々を取材すると、祖父・宮部久蔵は、手練れの飛行機乗りでありながら、命を惜しむ臆病者とそしられるような人物であったことを知るのであった。
しかし、更に、取材を続けると、命を惜しんだのは家族のため生きて返るためであり、戦争中で厳しい思想統制にある中、自身の信念を貫いて生き抜いた勇気を感じるのだった。
命を惜しんでいたにもかかわらず、特攻で戦死した理由を不審に思いながら取材を続けると、宮部久蔵は、最後は、他の人の犠牲となって死に赴いたが、他方で家族を思い、身代わりとなった人に自分の家族のことを託して死んでいったことが分かるのだった。主人公が今を生きていることには、祖父にまつわる命をかけたストーリーがあったことを知り、自分の人生に対する責任を強く感じるのだった(完)。
============================



【戦争・ヒューマニズム・恋愛】

原作は、以前読んだことがあり(→感想はこちら)、結構感動した気がするのですが、すっぱり、内容を忘れていました。
映画を見終わった後も、「確か、こんな話だったかなぁ」というくらいの思い出し加減で、いやはや、私の記憶は心許ない。

本作は、零戦パイロットで特攻で戦死した宮部久蔵の孫が、戦後70年経った現在、久蔵の足跡を追うべく、関係者に取材して回るという話。
当時を知る関係者から、「宮部久蔵は臆病者だった」などと謗られるなど、色々と複雑な面がありそうな久蔵の素顔に迫りつつ、ラストはびっくり純愛物語に帰結するという、戦争・ヒューマニズム・恋愛の1粒で3度おいしい物語となっています。



【誰かのために身を挺すること】

主人公の宮部久蔵、戦場で命を惜しむため臆病者呼ばわりされますが、パイロットとしての腕は超一流という設定。
臆病者で、腕もボンクラでは、話にならないでしょうから、こういう設定は致し方なしというところでしょう。

命を惜しむ理由が、家族のためという背景があるため、現代人からすると、理解しやすい背景であり、戦場を共にする人々にとっては、命を惜しむという姿勢は反感を持たれるものの、パイロットの腕は超一流のため、尊敬を受けやすい素地があったりもします。

そう考えると、能力って大事だな・・・と思ったりもします。

他方、自分の部下や教え子の名誉を守るため、上官に対して意見をとなえ、上官からしこたま殴られるなんていう硬骨漢な一面もあり、そういった点も部下や教え子から評価される一面につながっています。

戦場で命を惜しむという行為は、仲間を見捨てているという風に見られ軽蔑の対象となりますが、仲間のために上官に刃向かうという行為は、自身が犠牲になって仲間を助ける行為であり、人は、誰かのために身を挺して頑張ってくれるということに感動を覚えるのだと思います。



【仕事と家庭の両立】

この話、突き詰めると、戦場の仲間のために命を掛けるか、自分の家族のために命を掛けるか、どちらを取りますか、というお話でもあります。

宮部久蔵は、家族のために、という選択肢をとったが故に、戦場の同僚からは臆病者扱いをされたわけで、現代に例えれば、会社のためより、家族を優先する人が、社内でなんとなく白眼視されるという状況に似通っているわけです。

こういった問題を解決するために、「働き方改革」なるものが提唱されているわけで、働き方を効率よくすることで、自分の能力を会社や職場同僚のために最大限発揮しつつ、家族のためにも最大限時間を割くことができるようする、まさに一石二鳥を狙っているわけです。

宮部久蔵の生きた時代は、戦況悪化で、どうやっても職場環境の改善や業績向上が望めない中で、仕事と家庭の両立は困難だったため、宮部久蔵のような生き方は難しかったと言えそうです。

しかし、ラストは、特攻で自ら死に赴くも、家族のためにも貢献できるという、両立策を実現してしまいます。
あまりに奇をてらった結末ではありましたが、これくらいじゃないと、仕事と家庭の両立は困難という、非常に苦しい時代であったということでしょう。



スポンサーサイト



[ 2019/12/30 01:07 ] 第二次大戦 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:戦争】 ロシアン・スナイパー

【評価】★★★★☆

rosian_sniper.jpg 
2015年/ロシア
監督:セルゲイ・モクリツキー
主演:ユリア・ペレシルド

映画「アメリカン・スナイパー」がヒットしたのと同時期に、このタイトルで映画出しますか、と非常に鼻白んだ作品でしたが、結局、レンタルしてしまったのでした。

【ストーリー】
==========================
第二次大戦下のソビエト。
リュドミラ・パヴリチェンコは女性ながら、射撃の才能を買われスナイパーとして養成、戦場に立つことになる。
時は、ナチスドイツがソビエトへの侵攻を開始し、空前の危機に陥るソビエト。
リュドミラは、スナイパーとして活躍し、倒した敵の数は309名。ソビエト、ドイツ双方から、最も有名なスナイパーとして注目を浴びるようになる。
しかし、その一方で、戦場を共にした恋人や友人を次々と失い、戦争の悲劇も味わうことになる。
戦争で多大な功績を果たし、抜群の知名度を得たリュドミラは、今度は、アメリカに外交官として派遣され、アメリカが戦争に参加するように働きかけを行い、アメリカ国民に強い感銘を与えることに成功する。
戦争が終結し、冷戦下の時代となるが、フランクリン元米国大統領夫人のソビエト訪問が実現する。戦争中、リュドミラと交流のあったフランクリン元大統領夫人は、リュドミラと再会し、往時を懐かしむのだった(完)。
==========================


【女性が戦場に立つ】

映画「アメリカン・スナイパー」はイラク戦争の話でしたが、こちらは、第二次大戦の話。
第二次大戦のソビエトのスナイパーを描いた作品としては、映画「スターリングラード」がありますが、本作は、スナイパーの部分よりも、女性兵士や戦争そのものに焦点を当てた印象があります。

しかし、当時のソビエトというのは先進的というか、女性も積極的に戦場に立っていたとは、日本では考えられない話で、アングロサクソンの強さと言うべきか、なんともはや・・。



【タフネスさがさすが】

主人公のリュドミラ、その決意のほどが輝かしくさえあります。
スナイパーとしての名声を得た後、アメリカに使節団として派遣され、そこで、「あなたは、戦場で何人の人間を殺したの?」と聞かれ、「殺したのは人間じゃありません。ファシストを309人、殺しました」なんて、ちゅうちょなく、言い切る精神力。

このタフネスさがあったからこその、スナイパーとして名声を得られたということでしょうか。



【スナイパー・・・忍耐のいる仕事】

309名を倒したというだけあって、スナイパーとしての活躍シーンは、ゴルゴ13並みです。
銃弾3発で戦車を撃破なんていうシーンもありますが、2発の銃弾で、戦車の小さな窓ガラスを突き破り、3発目で中の操縦士を射殺・・・って、こりゃ、ゴルゴ13もびっくりかも。

一方で、スナイパーって、忍耐もいるなぁと思うのは、映画「アメリカン・スナイパー」でも感じたところ。
待って待って、一瞬のチャンスで射殺・・・という流れのため、「今日は何に倒したの」、「2人よ。上出来よ」なんていう会話もあったりで、意外と、効率は良くなさそうだなぁと感じたりもしました。
一日二人も殺せば十分かもしれませんが、無双っぷりを見せて、一気に何十人も抹殺・・・なんてのはないのでしょうね。



【いつまで背中に隠れているのですか】

スナイパーとして有名になった後は、同盟国として戦争への参加をアメリカに促すため、使節団の一員として、アメリカに赴くことになります。
当時のソビエトって、女性を戦場や外交団として組み込むなど、結構、女性、男性に関係なく活躍の場を与えるなんていうのは、だいぶ進歩的だなぁなんて思いました。

それでも、男性同僚にやっかまれたりして、なかなか大変そうではありましたが。

そんな陰湿な妨害も物ともせず、リュドミラはこう演説します。

「私は、ファシストを309名倒しました。ヒトラーをのさばらせないためには戦わなければなりません。あなた方は、私の背中に、いつまで隠れているつもりですか?」

なかなか、端的でグサッとくるスピーチです。

女性の細腕(?)で、309名を倒したという実績が、強いインパクトを与えるのでしょうか。
それにしても、すごい女性がいたものですね。


[ 2018/04/05 00:00 ] 第二次大戦 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:歴史】 イミテーション・ゲーム -エニグマと天才数学者の秘密

【評価】★★★★☆

imitation_game.jpg
2014年/イギリス・アメリカ
監督:モルテン・ティルドゥム
主演:ベネディクト・カンバーバッチ


DVDの予告を見て、興味を惹かれてのレンタル。
実話物のようですが、やはり、実話ベースと言うのは興味を惹かれます。

【ストーリー】
=====================

第二次大戦中のイギリス。
イギリスは、ナチスドイツの快進撃に苦戦を強いられていた。
そこで、ナチスドイツの通信を傍受し作戦を知ろうとするが、ナチスドイツが作ったエニグマという暗号があるため、傍受した通信の内容を解読することが出来ずにいた。
そこで、イギリスは、チェスの名人、言語学者、論理学者など、様々な分野のエキスパートを集め、エニグマ解読に力を入れる。
集められたメンバーの中に、天才数学者アラン・チューリングもいた。
チューリングは、エニグマの解読には人間の力では到底不可能なため、機械の力を使うしかないと、暗号解読の機械の開発に着手する。
開発当初、同僚や上層部からはバカにされ、無駄だと罵られるものの、暗号解読の可能性が高まり、同僚らも協力を始める。そして、ついに、エニグマ解読の機械開発に成功する。
しかし、ドイツにエニグマを解読したと知られないようにするため、ドイツから傍受した情報を使ってドイツ軍の裏をかくのには慎重を期する必要があった。
チューリングを中心とするチームは、傍受した情報を使って、イギリス軍の犠牲を回避する事案と、犠牲に目をつぶる事案を選別するという苛酷な業務も担うことになる。
チューリングらのエニグマ解読は、イギリスの勝利に貢献し、戦争終結を2年早めたとさえ、後の歴史家から評価されることになるが、戦争終結後、エニグマ解読の事実は機密情報として、チューリングらが、公に評価されることはなかった。
戦後、チューリングは、その功績を知られることもなく、逆に同性愛を罪に問われ、41歳の若さで自殺をしてしまう。
後に、チューリングの開発した機械は、現在のコンピュータの基礎となることとなり、チューリングは、コンピュータの生みの親として死後、評価されることとなった(完)。

=====================

第2次大戦中、ドイツの暗号解読に成功したイギリスの数学者アラン・チューリングを描いた作品。
アメリカにしろイギリスにしろ、第二次大戦時の連合国側って、敵側の暗号解読に注ぐ熱意が違うなぁと思います。
結局、日本にしても、アメリカに暗号を解読されてしまい、海軍の総大将たる山本五十六が、航空機で移動中にアメリカの戦闘機の待ち伏せに遭い撃墜、戦死なんていう、信じられない事態を引き起こしましたし、どうも、インテリジェンス=諜報戦では、日本もドイツも一歩も二歩も劣っており、それが、敗戦という結末に繋がった気がしてなりません。

さて、本作は、主人公のチューリングが、イギリス軍の要請を受け、ドイツの暗号「エニグマ」の解読に奮闘することになります。
エニグマという暗号は、キーとなる番号を持っていれば初めて、暗号が読めるようになるという仕組みですが、キーとなる番号は、10の15乗とか20乗とかいう、途方もない数の組み合わせがあり、正しいキー番号を見つけるのは至難の業。
更に、ドイツ軍は、毎日、キーとなる番号の変更を行うので、チューリングが暗号を解く時間は実質1日しかなく、かなり厳しい条件で暗号を解読しなければいけないわけです。

本作の内容は、戦争に関する話であるものの、この暗号解読をどうやって行うのかという、ミステリー仕立てな展開でもあります。

チューリングが、暗号解読チームに入る前までは、暗号文解析の方法は、統計的に出現する文字数の多さなどを推計し、それを当てはめて、暗号文の内容を解読していくという手法が取られていました。
しかし、この方法では、さすがに正確性に欠け、傍受した暗号文のほんの一部しか解読はできていなかったわけです。

そこで、チューリングは、機械を開発して、キーとなる番号を総当りで当てはめ、正しいキーとなる番号を探し出し、それにより暗号文を解読しようと言う、言ってみれば力技の解決策に取り組みます。

これ、なんか聞いたことあるような手法ですが、現代で言えば、スーパーコンピューターを使って、膨大な数の計算を力技でこなすことで回答を見つけてしまおうというのとそっくりです。
実は、チューリング、暗号エニグマのキー番号を見つけ出す機械の開発に成功するのですが、何を隠そう、この機械が後のコンピューターの基礎となったそうです。
つまりは、チューリング、コンピューターを開発してしまったというわけで、いやはや凄い。
まさか、コンピューターの元祖が、暗号解読のための機械だったとは。
戦争が技術を発達させるという説はよく耳にしますが、まさにその通りというわけです。

しかし、そうは言っても、当時は現在のスーパーコンピューター並みどころか、携帯電話レベルの演算能力を持つ機械を開発することすら困難、10の20乗もの数を全数検索してキー番号を探すというのは、途方もない時間がかかり、なかなか時間内にキー番号を探すことができないという困難に直面します。

さて、どうするのか。
この問題が、本映画の最大のミステリー。

実は、ドイツの暗号文には必ず、ある文字が入っているということに、チューリングは気づきます。
その言葉は何か、「第一艦隊は、北緯23度西経38度に移動せよ。ハイル・ヒトラー」・・・こんな命令文が暗号文でドイツ軍から発信されているわけですが、文の最後に「ハイル・ヒトラー」の言葉が必ず入っていることに気づきます。

これにより、「ハイル・ヒトラー」の文字を軸にして、キー番号を探すことで、全数検索する必要がなくなり、結果、ついに、暗号エニグマの解読に成功します。

えっ、なんで、「ハイル・ヒトラー」の文字が暗号文に入っていることが分かれば、キー番号を探すのに全数検索しなくて良いのかって?
・・・すみません、詳しくは私にも分かりません(笑)。
気になる人は、自分で検証するように!

確かに、ドイツだったら、必ず、最後に「ハイル・ヒトラー」という文言を入れてそうだし(おそらくは、映画内での創作ではないかと思いはしましたが)、なかなかリアリティある設定で、その解決策が見つかった瞬間、思わず「おぉっ」と唸ってしまいました。

そして、この後は、解読した暗号を使って、イギリス軍が優位に立つように作戦を立てていくのですが、あからさまにドイツ軍の裏をかくと、暗号エニグマを解読されたことを気づかれ、暗号自体を変えられてしまうおそれがあるということで、偽装しながらイギリス軍の作戦を構築していくことになります。

それは、すなわちどういうことかと言うと、ドイツ軍の攻撃を事前に察知して、逃げたり防御網を張ったりし続けると、ドイツ軍に疑われてしまうので、時には、ドイツ軍の攻撃があるのを分かりつつ、イギリス側に損害が出るのを黙認するという行動を取るということ。

これは、なかなかシビア。
つまりは、時として味方を見殺しにするという選択肢も選ぶということで、全体最適、すなわち戦争に勝つという目的においては正しいかもしれませんが、別の観点から見れば、相当、残酷なことを行っているわけです。

後半は、暗号エニグマを解読後、味方を助けるのか、見殺しにするのか、統計的手法を使って選別する仕事をチューリングが行うこととなり、それによる、精神的、倫理的な苦悩も描かれます。

まさに、戦争の残酷さです。

そして、更なる追い討ちは、戦争終結後、暗号エニグマを解読したことは軍事機密として封印され、チューリングは、何の評価も功績も受けずに元の職場-大学に戻ることになります。
しかし、同性愛者であったチューリングは、当時、同性愛は犯罪として処罰されていたことにより、警察により逮捕され、その後、自らの命を絶つという悲劇的な最後を遂げます。

同性愛者への処罰は、今でも中東などでは行われているものの、日本や欧米諸国の基準から考えると、70年ほど前のこととはいえ、同性愛者を犯罪者として扱っていたというのは、かなり衝撃的。
しかし、考えてみれば、アメリカでは、40年前には相当ひどい黒人差別が行われていましたし、レッドパージ(共産党狩り)のような思想抑圧なども欧米で吹き荒れていたりと、ちょっと昔に遡ると、今では考えられないようなことが行われていたわけです。

そう考えると、今の常識って、30年も未来になると、全くのナンセンスなものになっている可能性もあるわけです。
そして、振り返ってみれば、チューリングが開発した暗号解読機が、現在のコンピューターの基礎をなしていることを考えれば、イギリスのチューリングに対して取った行動は、非常に愚かしく感じさえします。

歴史を振り返ると、人間と言うのは愚行を繰り返してきたのだなぁと思います。
現在、社会のありとあらゆるところでコンピューターが浸透し、コンピューターなしでは、生活も社会も維持できないことを思うと、チューリングの功績が偉大であることを証明しているとともに、チューリングに対するイギリス政府の仕打ちの愚かしさをも証明しているように思えます。

[ 2016/11/07 00:00 ] 第二次大戦 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:戦争】 ライフ・イズ・ビューティフル

【評価】★★★☆☆

life_is_beautiful.jpg
1997年/イタリア
監督:ロベルト・ベニーニ
主演:ロベルト・ベニーニ


何かの映画感想ブログを読んで、興味を惹かれた作品。
感動作品っぽいので、たまにはきれいな涙を流してみるのも悪くないかも。
といいつつ、感動の涙を流すことができるのでしょうか。

【ストーリー】
============================

ヨーロッパでナチスが台頭し始めた時代のイタリア。
ユダヤ系のグイドは、イタリアで妻と子と幸せに暮らしていたが、イタリアに駐留したナチスドイツによって、家族共々、強制収容所に送られてしまう。
小さな息子を不安にさせないため、グイドは、息子に対して、「ここはゲームをする場所だ。ここで行われる様々ことをクリアしていくと点数を貰え、1000点集めると本物の戦車がもらえる」と説明する。
過酷な収容所の日々にあっても、グイドは明るく息子にゲームだということを信じ込ませ、息子は父グイドの言葉を信じて楽しい日常生活だと思って過ごす。
やがて、ナチスドイツは敗北し、強制収容所からもドイツ軍が撤退を始めるが、撤退処理として、収容者を皆殺しにして撤退をしようとする。
グイドは、一晩隠れんぼを達成できれば、目標の1000点に到達すると息子に話し、息子をゴミ箱の中に隠れさせるのだった。
息子はドイツ軍が撤退するまで隠れ切ることができたが、グイドはドイツ兵に捕まり射殺されてしまう。
そのことを知らない息子は、ドイツ兵撤退で静かになったところで、ごみ箱から出てくるが、ちょうど、救出に来た連合軍の戦車と遭遇、戦車に乗せてもらい、収容所を出るのだった。
そして、本当に戦車に乗れたことで息子は、ゲームに勝ったんだと大喜びする。
更に、戦車に搭乗して移動中に、母親とも無事再会し、収容所だったという事実を知らぬまま、更に喜びを高めるのだった(完)。

============================

感動ドラマかなと思って見始めたのですが、予想を裏切り、最初の半分は喜劇タッチのラブコメ。
そして、後半はコメディータッチをベースとしたシリアスな展開。

前半と後半で、全く違ったテイストの話になる構成はびっくり。
前半は、主人公グイドが、妻と結ばれるまでのエピソードをコメディータッチに描く展開で、正直、この手の話が延々と続く映画だったら、DVDをレンタルしたのは失敗だったなぁと思いました。
感動ドラマを見たいと思っていたので、前半のラブコメ話は想定外。

ただ、前半のコメディー仕立てのストーリーは、品のあるユーモアで、伏線を活かした計算された喜劇が仕込まれていて、見ていてなるほどと感心しました。

一例をあげると、グイドが毎日通る路上では、いつも同じ光景が繰り返されています。
それは、職人風の男性が、出勤の際に、建物の窓を見上げて、「マリア、鍵!」と叫ぶのです。
すると、(おそらく職人の妻であるマリアが)カギを建物の窓から男性に向けて放り投げてくれます。

このエピソード自体は、ちょっと変わった夫婦の日常を描いたシーンで、ユーモラスな場面ではあるものの、さほど面白いかというと、それほどでもないシーン。
こういうエピソードが色々と盛り込まれているのですが、実はこれらのエピソードは、単発でのユーモラスなシーンではなく、後の展開の小道具(伏線)として活かされます。

この後、グイドは、妻となるべき女性とこの路上を歩くのですが、そこで、女性が、「私は、私の心の鍵を開いてくれる男性としか付き合うことはないわ」と話すのを聞いて、グイドは、「どこかにある、君の心の鍵を手に入れれば良いんだね。じゃあ、神様にそのカギをくれるようお願いしてみよう」と話します。

そして、「マリア~!(聖母マリアのこと)、鍵をください!」と大声で叫ぶと、勘違いした職人の妻がカギを上から放ってくれて、見事、グイドは鍵を手に入れ、女性はびっくりするという展開。

少し印象的なエピソードが、その後の展開の小道具や伏線になってユーモラスなシーンに仕立て上げられるという構成が、本作ではそこかしこに盛り込まれていて、なかなかやるなぁと思わされます。

まぁ、面白いというよりは、すごいという印象の方が強い展開ではあります。

前半はこんな感じの展開で進んで、グイドが妻と結ばれ、息子が生まれるという展開につながっていきますが、大変、軽い感じのストーリー展開になっています。

後半に入ると、突然、グイド一家はユダヤ人ということで、進駐してきたナチスに強制収容所に連行されるという、急に重たい展開。
グイドは、5歳の小さな息子を怖がらせないように、「実は、内緒でパパが仕組んだ旅行なんだ」とか、「ここでは、ゲームが行われるんだ。1000点取ったら、本物の戦車がもらえるよ」と、いつものユーモラスな弁舌で、息子を不安がらせないようにします。

軽い感じの性格のグイドが、全身全霊を持って、息子が少しでも不安にならないようにしようとする様子は、心揺さぶるものがありました。
小さな子供が出てくる話って、どうも涙腺を刺激されます。
子供を出汁に使うとは、ちょっとずるいぞ(笑)。

後半は、収容所内の描写で、収容所に連行された子供たちがガス室で殺されたりと、シリアスな展開も多いのですが、そういった描写が直接ないのと、基本、コメディータッチな描き方がされているので、泣く話なのか笑う話なのか、非常に複雑ではあります。

グイドの話す嘘を信じて、収容所を楽しい場所だと信じるグイドの息子。
収容所の悲惨さとグイドの息子の信じる世界のギャップの大きさに切ないものを感じますが、親であれば特に幼い自分の子供に対して、つらい思いをさせたくないという気持ちがよく分かり、うるうるきてしまうところです。

グイドと息子の関係は、こんな感じで、幼い子供を大切に思う気持ちで感動ドラマに近い展開ですが、一方で、不思議なエピソードもあります。

グイドは収容所に送られる前、ホテルのウェーターとして働き、そこで、ドイツの医者と親しくなっていましたが、収容所に送られると、その医者が軍医としています。
軍医の方でもグイドに気付き、「重要な話がある」と内密でグイドに話しかけてきます。

そして、その話の内容と言うのが、「知人から手紙でナゾナゾを送られてきたのだが、どうしても答えが分からない。君の知恵を貸してほしい」というもの。
・・・重要な話って、それか!?

確かに、グイドと医者は、ホテルのレストランで、ナゾナゾを出し合って楽しんでいたわけで、ある種の伏線になっていましたが、収容所での重要な話が、まさかのナゾナゾについて。

おもわず、ズコーッとずっこけたのでした。
これは、シュールなギャグで笑うべき場面なのか!?
と、所々、笑わせようとするつもりなのだろうかと悩まされる場面が織り込まれ、こんなシリアスなテーマなのに笑うべきなのかどうか悩んだのでした。
言ってみれば、お葬式でお坊さんがオナラをこいたのを見て、笑うべきかどうか悩む葬式参列者の気分でした。

この医者とグイドのやり取りも、グイドにとって深刻な状況(強制収容所に収監されているという状況)も、立場の違う医者からすると、どんなに親しい間柄でも他人事でしかないということを象徴した場面なのかもしれません。

グイドは、息子に、「ここではゲームが行われていて、先に1000点取った人は、本物の戦車を貰える」と話をしています。
そして、ナチスが戦争に敗れ、ナチスが収容者を一掃して撤退を始めようとした時に、息子が殺されないよう、グイドは「今回のゲームは隠れんぼだ。朝まで無事隠れていられれば、点数がもらえ、それで1000点に達するよ」と話し、息子をゴミ箱の中に隠します。

しかし、当のグイドはナチスに捕まり、まさかの射殺。
この展開は衝撃でした。
基本コンセプトがコメディータッチで展開してきただけに、一応はハッピーエンドなのだろうと思っていたのですが、グイドが唐突に射殺されてしまうわけですから。
この流れだったら、グイドは生き残って欲しかったぞ・・・。

そうして、夜が明け、ゴミ箱から息子が出てくると、ナチスはすでに撤退し、連合軍が救出のため乗り込んできているのでした。
一人で佇んでいる幼い子供を見つけた、連合軍の兵士は、グイドの息子を抱き上げ戦車に乗せてくれるのでした。
ラストにも、「1000点獲得したら本物の戦車が手に入る」という伏線もきちんと回収されていて、かなり計算されたシナリオだと感心しました。

そして、「戦車が手に入った」と大喜びするグイドの息子の姿は、父・グイドが殺されたという悲しい事実を知らずに、作られた世界の中を生きているようで、とても切ない一方、何か痛烈なブラックジョークのような印象もあり、泣いてよいやら苦笑いすべきやら、なんだか、とても複雑な感情を引き起こす結末でした。

シリアスなテーマをコメディー仕立てで作った作品は、笑うとなんだか不謹慎な気がして、なんだか、ちょっと気が引けるのでした。

[ 2015/12/11 00:12 ] 第二次大戦 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:戦争】 フューリー

【評価】★★★☆☆

fury.jpg
2014年/アメリカ
監督:デヴィッド・エアー
主演:ブラッド・ピット、ローガン・ラーマン


戦車1台で300台の戦車と戦う!?という仰天設定に驚いて、思わずレンタルしてしまいました。
最近、少人数で大軍と戦うっていう設定の映画、多いですね。

【ストーリー】
========================

1945年、第二次世界大戦末期。
アメリカ軍は、ヨーロッパに上陸し、ドイツへ進軍していたが、ドイツも必死の抗戦を試みていた。
アメリカ軍の戦車長を務めるウォーダディは、歴戦の勇者として部下からの信任も厚く、ドイツでも数々のミッションをくぐり抜けてきた。
そんなある日、戦車のクルーに戦場経験のない新兵ノーマンが配属されてくる。
ウォーダディは、ノーマンを一人前の兵士にするため、時にはドイツ兵捕虜の射殺を強要したり、占領した町にいた民間のドイツ人女性をあてがったりと、ウォーダディ独自の方法でノーマンを教育していくのだった。
ノーマンは、戦場での非人道的な行動に嫌悪感を覚え拒絶反応を示すが、徐々に戦場のルールに慣れてくるようになる。
ほどなくして、ウォーダディ達が乗り込む戦車は、ドイツのティーガー戦車1台と遭遇、戦闘となる。
ティーガー戦車は強力で、ウォーダディの味方の戦車3台が撃破される苦戦となるが、死闘の末、ティーガー戦車の撃破に成功する。
そして、この戦いでの活躍により、ノーマンも一人前の兵士と認められるようになる。
ティーガー戦車を撃破したウォーダディ達は、要路を守ることを命じられる。
しかし、守備位置についたウォーダディの戦車は、地雷により機動力を失ってしまう。
そこに、ドイツ軍歩兵300名が押し寄せてくる。
動かない戦車を砦に、ウォーダディを始めとする戦車クルー5名。
戦車砲の破壊力により、ドイツ軍歩兵に多大な損害を与えるものの、次々にクルーは戦死していき、ウォーダディとノーマンの2人だけとなってしまう。
ついに、ウォーダディも重傷を負い、戦死を覚悟したウォーダディは、ノーマンに戦車の底の脱出口から逃げるよう命じた直後、ドイツ兵が戦車内に投げ込んだ手りゅう弾により、ウォーダディも戦死してしまう。
間一髪で、戦車から脱出し、戦車の下に身を潜めたノーマンは、ドイツ兵の目から逃れ、救援に駆けつけた友軍により助け出され、英雄として賞されるのだった(完)。

========================

戦車1台vs戦車300台という映画かと思っていたら違いました。
戦車1台vs歩兵300名です。
さすがに、戦車1台で300台の戦車に対抗するのは無理がありすぎですよね(苦笑)。

映画は、1945年のドイツを舞台に、アメリカの戦車隊(というか、実質的には1台の戦車)を焦点に当てた戦争映画です。
戦争映画を分類すると、とりあえずバリバリのアクションのマッチョ思想の作品と、戦争の悲惨さを訴える反戦的な作品に分かれるかと思います。
本作品は、どうかというと、戦争の嫌な感じが表現されているようでいて、アクションバリバリのマッチョな方向性にもなっていて、正直、どっちの方向性やねん!と突っ込みたくなる感じで、いまいち、乗れない作品でした。

戦車は5人一組で乗りこなすもののようですが、戦車チームのリーダー-要は5人一組のリーダーの下に、戦場経験のない新兵ノーマンが配属されてくるというところから、ドラマが始まります。

戦車チームのリーダー、ウォーダディは歴戦の勇者で、数々の戦場をくぐりぬけ、部下たちを生き延びさせてきた実績を持っています。
しかし、戦場すれしているというか、生き残るため、敵に勝つこと以外のことしか頭にないようなタイプで、そのため、ドイツ兵の捕虜を平然と殺したり、敵兵を戦車でひき殺すことも厭わないし、占領地での民間女性に対する乱暴、凌辱行為も黙認するようなところがあり、正直、観ていてかなり眉をひそめたくなる点がありました。

その一方で、どんな時でも冷静沈着で動じない歴戦の兵といった優れたリーダーのような描かれ方もされていて、その辺りが、この映画が、戦場での非人道的行為を容認、肯定しているような印象を受け、この映画に感情的に乗りづらいところでした。

映画は、人を殺すことに拒否反応を示し、戦いの場に臨んでも足を引っ張るような行動を取る新兵ノーマンを、歴戦の勇者であるウォーダディが、強引な方法で戦える兵士として育て上げるという過程が描かれます。

しかし、その方法も、ノーマンに無理やりドイツ兵の捕虜を射殺させることで、人を殺すことの耐性をつけさせたり、ドイツ兵の死体を射撃させたりと、狂っているとしか言いようのない方法がとられます。
あえて、こういった狂った方法を示すことで、本作は、戦争の非道さ、残酷さを示したかったのかもしれませんが、ノーマンを指導するウォーダディが、一方で、ノーマンを守る父性的な面を見せるように描かれるので、非道な方法がそれによって帳消し、もしくは肯定されているような印象を受け、描き方がおかしいのではという印象を受けました。

また、ドイツ人女性の描き方も、かなり気になるところが。
米軍に占領されたドイツ人女性が、ちょっとした食料でアメリカ兵何人とも相手をするような感じで描かれていたり(一応、娼婦です的な言い訳的な設定はあるものの)、アメリカ兵が強引に女性を犯そうともくろんでいたり、ノーマンとあっさりとロマンスを発展させたりと、だいぶ女性自体を軽く描いている感じが、男性目線というか支配者目線というか・・・いずれにしても、なんだか、気持ちの良い描き方ではなかったなぁという感じ。

戦争の悲惨さも描き込もうという野心と、戦争アクション-戦車の魅力を最大限映したいという、相反する思想によって、戦争の悲惨さが反戦や批判につながっていないような印象でした。

映画中盤までは、戦争の悲惨さを描こうとして、逆に変な感じになってしまった印象がありましたが、中盤以降は、ティーガー戦車との死闘、戦車1台vs歩兵300名の戦いという、戦争アクション要素が色濃い展開に。
最初から、潔く戦争アクション要素に絞り込んだ方が良かったのではないかなぁと思います。

ティーガー戦車との戦闘は、なかなかの見物でした。
戦闘機のドッグファイトのような白熱した駆け引きにはならないのですが、逆に、先に一発当てた方が勝ち的なギャンブル要素が強い印象。
ただ、ティーガー戦車は頑強すぎて、砲弾を当ててもびくともしないという、「一発当てたら勝ちゲーム」としては、かなりチートな造りになっていて、アメリカ軍の戦車が勝つのは至難の業であったわけですが、白熱した戦いの結果、ティーガー戦車を撃破。

そして、その後は、クライマックスとして、戦車1台vsドイツ軍歩兵300人の戦いとなります。
結局、戦車1台(メンバーは5名)が負けてしまいますが、しかし、ドイツ歩兵側が不甲斐なさすぎでした。
動けなくなった1台の戦車に対して、あまりにやられ過ぎだったかなぁ・・・。
正直、戦車1台vsドイツ歩兵300人の設定は無理があり過ぎた。
だったら、ドイツ軍のティーガー戦車何台かとの戦いを描いた方が面白かった気がします。

ただ、ティーガー戦車の方が圧倒的に強いので、ティーガー戦車1台vsアメリカ軍戦車10台という逆バージョンにせざる得ないのかもしれませんが。

本作の印象としては、映画後半から戦争アクションのマッチョ映画になっていましたが、最初からマッチョ映画で作ってしまった方がすっきりして良かったかも。

[ 2015/09/15 00:07 ] 第二次大戦 | TrackBack(0) | Comment(0)
ページ最上部へ

プロフィール

kappa1973

Author:kappa1973
 
読んだ本と映画について、感想を書いていきたいと思います。
 
評価は5段階で・・・
★☆☆☆☆:焚書坑儒!
★★☆☆☆:時間の無駄
★★★☆☆:損はない
★★★★☆:良い作品!
★★★★★:殿堂入り!?

アクセス数
アクセスランキング
[ジャンル]: 映画
239位
[サブジャンル]: レビュー
121位
カレンダー