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読書と映画

読んだ本、見た映画について感想を書いています。
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【アメリカ映画:戦争】 追撃機(THE HUNTERS)

【評価】★★★☆☆

the_hunters.jpg
1958年/アメリカ
監督:ディック・パウエル
主演:ロバート・ミッチャム

先日観た「眼下の敵」のスタッフが結集して作った作品とのことで、期待してレンタル。
「眼下の敵」が非常に良かっただけに、この作品はどんなもにでしょう。

【ストーリー】
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朝鮮戦争の日本。
日本にある米軍基地より、米軍空軍が出撃し、中国空軍と熾烈な争いを繰り広げていた。
主人公は第二次大戦に活躍したエースパイロットとして、朝鮮戦争でも戦闘機パイロットとして活躍をしていた。
そのような中、自分が率いる部隊の部下の妻とロマンスに陥る。
その妻から、戦闘中には自分の夫を守ってほしいと頼まれるが、ある日、その部下が撃墜され敵地で遭難してしまう。
部下を救うため、敵地に降り立った主人公は、その部下を発見。敵の追撃をかわしながら、どうにか味方陣営までたどり着き、部下を救出するのだった。
負傷した部下は、妻と共に本国アメリカに帰還することに。
主人公は、部下の妻との恋を振り切り、別れを告げ、次なる戦場に赴いていくのだった(完)。
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【今回は空戦がテーマ】

前回(?)の作品は、海戦がテーマでしたが、今回は空戦がテーマ。
敵機とのドッグファイトなど、なかなか迫力のあるシーンも多く、見どころも多い作品でした。
ただし、空戦という設定のため、あまり、敵味方の戦闘における駆け引きや頭脳戦といった面はなく、映画「眼下の敵」と比べると、戦闘場面での面白さが数段落ちる印象でした。


【主人公のロマンス】

そして、蛇足かなぁと思ったのが、主人公のロマンスストーリー。
うまく盛り込まれれば、映画の中のメリハリになって良いのかもしれませんが、本作について言うと、惹かれるようなロマンスではなし、ストーリー上、必要性がある感じでもなしと、要すれば、余計だったかなぁ。

そもそも、相手が自分の部下の妻って・・・、子供じゃないので、「不倫はいかん!」とか言うつもりはないですが、応援したくなるような話でもないので、主人公のロマンスに乗り切れずに終わってしまいました。


【ランボー 怒りの脱出】

ラストは、敵地で墜落して遭難した部下を助けるため、主人公も敵地に降り立ち、負傷した部下を担いで、敵陣突破というストーリー。
空戦をテーマにしていたと思ったら、最後は、「ランボー 怒りの脱出」みたいな話になっちゃったぞ(笑)。

話にまとまりをかく展開。
折角、敵側に、強力なパイロットがいるという設定にしていたので、このパイロットと主人公の死闘を描くとか、そんなストーリーにしたら、面白かったのではないかと。

空戦をテーマにしつつ、ラブロマンスに、地上戦にと、余計なテーマを盛り込んでしまって、逆に、ぼやけてしまった印象の作品でした。
1作目が面白いと思って、期待して2作目を見ると、存外期待外れと言う展開は多いですが、この作品も、ちょっと、「2匹目の泥鰌」といった評価になってしまう作品だったかなぁ・・・。


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[ 2020/07/27 00:00 ] 現代史 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:現代史】 アメリカン・スナイパー

【評価】★★★★☆

american_sniper.jpg
2014年/アメリカ
監督:クリント・イーストウッド
主演:ブラッドリー・クーパー
原作:クリス・カイル『ネイビー・シールズ最強の狙撃手』


前々から気になっていた作品。
ちょっと重たい印象もあってなかなか手が出ずにいましたが、ようやくレンタル。

【ストーリー】
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クリス・カイルは、9.11テロの映像に衝撃を受け、軍隊に志願。
そして、訓練を経て特殊部隊ネイビー・シールズの一員となり、戦地イラクに赴くことになる。
戦地ではスナイパーとして町の警戒と、テロリストやテロリストと疑われる人物の狙撃が任務であり、時には、女性や子供までも射殺しなければならない過酷な任務であった。
一定期間、戦地で任務に就いた後は、国内に戻り妻や子と暮らすということの繰り返しだったが、過酷な戦場の生活は、カイルが気づかぬ間に、カイルの心も蝕みつつあり、国内での生活において、妻との間にも溝が出来てしまう。
戦地への赴任、国内の休暇というサイクルを繰り返す中で、戦友の死や負傷など、更にカイルの心の負担を重くする出来事が繰り返されていく。
一方で、カイルは次々とテロリストを射殺し、英雄として祭り上げられている。
4回目の戦地赴任では、敵側の凄腕のスナイパーが、米軍の活動に支障を来すようになり、敵スナイパー「ムスタファ」の射殺が至上命令として下される。
死闘の末、カイルはムスタファの射殺に成功するが、戦場での生活に限界を感じ、ついに除隊する。
除隊後は、傷痍軍人の支援活動に力を入れるが、その活動のさなか、サポートをしていた傷痍軍人により射殺され、その生涯を終えることとなる(完)。

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戦争賛美だ、いや反戦映画だなど、色々と論争があった作品のようですが、私が見た印象では、あからさまな思想的な要素を排し、非常に淡々と静謐に描かれた戦争映画というものでした。

戦場では愛国心に燃え、敵すなわち絶対悪と考え、敵を射殺することに何の躊躇いも感じない、非常にマッチョな思想の持ち主が主人公カイルですが、それでも、女性や子供がテロリストの一員である時に、女性や子供も射殺せねばならないことについて、心の負担・重みを感じざる得ないという、マッチョ思想という単純さで割り切れないのが戦争の罪深さ。

主人公は、戦場ではスナイパーという職務のため、ライフルのスコープ越しに、通りや周辺のビルを観察し続け、何か異変があれば、テロリストなのか敵なのか判断を下し、必要とあらば、ライフルの引き金を引く・・・そんな任務を行っています。

しかし、このスナイパーと言う仕事、なかなか酷です。
基本は、監視。
すなわち、異変がないか、ずーっと見張りを続けていてなければならず、この見張りを続けると言う時間の長さが、精神を蝕むだろうなと想像させます。

おそらくは、待ち続けるという行為は、ある種の退屈さも伴うものであり、それが一転、打ち破られる時は、引き金を引くか否か、究極の判断を短時間で迫られる緊張感。
もし、判断を間違えば、無実の人の命を吹き飛ばしたことになり、その罪悪感たるや、相当のものでしょう。

この映画では、武器らしきものを持った子供、女性、老人、落ちた武器を拾おうとしている子供など、米軍にとって脅威になると判断されてもおかしくない一方、射殺せねばならなぬ相手は、年端もいかぬ子供だったりと、任務と良心を天秤にかける苦しさも描かれていきます。

カイルは、テロリスト=絶対悪という揺るがぬ認識を頼りに、戦場での任務、すなわち射殺を積み上げ、英雄と称されるまでになりますが、戦うことに疑問を持ち始める同僚や、負傷して日常生活もままならなくなる仲間、目の前で命を落とす戦友など、厳しい現実や認識を目の当たりにして、カイルの信念も揺らぎ始め、休暇で戻った平和な国内の生活に適応できなくなっている自分を見つけることになります。

この映画は、戦場で英雄と称えられたスーパー兵士と、その反面、英雄となった戦場で心を蝕まれ平和な日常を送ることが困難となったPTSD(心的ストレス障害)に蝕まれた兵士-どちらも同一人物であるわけですが、その表裏を描いたものとなっています。

戦場での功績を積み上げて行けばいくほど、PTSDの蝕む度合いは酷くなるわけですから、この矛盾する状況は非常に残酷とも言えます。

カイルは、4度の出征の後、退役し、傷痍軍人のサポートをするという活動を通じて、ようやく心の平衡を取戻し、妻子との平和な暮らしを手に入れます。
そして、何もかも上手く進んでいきそうな兆しが見えた時に、サポートをしていた傷痍軍人によって射殺されて生涯を終えると言う、悲劇的な結末が用意されているのでした。

これは、フィクションではなく、実話なのですから衝撃的です。

実は、クリス・カイルの物語を映画化しようとし、カイルを何度も取材し、ようやく脚本が書き終わり、映画撮影に入ろうかと言う矢先に、カイル射殺と言う事件が起きたそうです。
この事件によって、カイルの生き様は、違った側面が浮き上がることとなり、脚本は、急ピッチで大幅に書き換えられ、現在の作品に仕上がったそうです。

当初は、戦場の英雄を描くという色彩の強い脚本だったものが、カイル射殺事件後、英雄とPTSDという光と影を浮き彫りにするテーマへと変わっていったようですが、おそらく、カイル射殺という事件が無ければ、ここまで心を揺さぶり、問いかけるような作品にならなかっただろうと思います。

戦争賛美、反戦といった単純な議論ではなく、もっと、戦争の本質や戦争が人間に与える影響は何か、そういったことを深く考えさせる作品です。
カイル射殺という一言をもってしても、何かに宿命づけられた作品という感じがします。

[ 2016/04/17 00:00 ] 現代史 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:現代史】 ネイビーシールズ:チーム6

【評価】★★★☆☆

navyseals_team6.jpg
2012年/アメリカ
監督:ジョン・ストックウェル
主演:カム・ジガンディ


ビン・ラディン暗殺を描いた作品。
同じテーマの作品として、CIAの視点から描いた「ゼロ・ダーク・サーティ」がありますが、こちらは、ビン・ラディン暗殺を実行した海兵隊の視点から描いた作品ということなので、「ゼロ・ダーク・サーティ」との違いも確認しつつ、見てみたいと思いレンタル。

【ストーリー】
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3.11テロを引き起こした首謀者ビン・ラディンは、アメリカの追跡を逃れ10年間、その姿を隠し続けていたが、CIAがついに、ビン・ラディンの居場所についての確証の高い情報を入手する。
しかし、確証が高いと言っても、100%の確実性のある情報ではないことから、その居場所を攻撃することにCIA内部でも躊躇があり、議論が戦わされるのだった。
その結果、遺体の確認が困難な爆撃やミサイルといった方法はとらず、精鋭の海兵隊-ネイビーシールズを突入させ、ビン・ラディンの暗殺と撤収を速やかに行うことを決断する。
ビン・ラディンの潜伏場所は、アメリカの友好国パキスタンであるものの、パキスタン政府に作戦情報を伝えれば、ビン・ラディンに漏れる可能性があるため、パキスタン政府にも告げず、作戦を実行する。
作戦は、ネイビーシールズのヘリが墜落するといったアクシデントの発生などもあったものの、ビン・ラディンの暗殺と遺体の回収を見事に行い、作戦は成功裏に終わるのだった。
しかし、アメリカ軍に協力したパキスタンの現地人は、パキスタン政府から国家反逆罪の罪名で逮捕、長期の懲役刑などの懲罰を受けることになる。
一方、アメリカはパキスタンのこの行動に対して、軍事援助費の大幅削減といった報復措置を行ったのだった(完)。

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ビン・ラディン暗殺を海兵隊-ネイビーシールズの視点から描いた作品です。
ビン・ラディン暗殺を描いた作品としては、ビン・ラディンの居場所を突き止めたCIAの視点から描いた「ゼロ・ダーク・サーティ」がありますが、そちらと比べると内容的にはだいぶ落ちるかなぁという出来。

「ゼロ・ダーク・サーティ」のダイジェスト版といった位置づけで見れば、ビン・ラディン暗殺までのCIAの動きやネイビーシールズの役割なんかも分かるので、それなりの見る価値はあるのかもしれません。
本作には、「ゼロ・ダーク・サーティ」の主人公であった、CIAの女性捜査官もきっちり出てきますので、「ゼロ・ダーク・サーティ」と対比しながら見ると良いかもしれません。

本作は、ネイビーシールズの視点を中心として描かれているので、ビン・ラディン暗殺を実行したチーム6のリーダーが主人公的な位置づけですが、主人公としてキャラ立ちされていないので、正直、誰が主人公で、誰目線の映画なのかあやふやな感じです。
見ようによっては、「ゼロ・ダーク・サーティ」の主人公の女性捜査官が、この映画でも主人公になっているのではと見えなくもないし、この辺りの視点のあいまいさが、映画をぼやけさせている感じもします。

また、映画では、ネイビーシールズがビン・ラディン暗殺作戦を実行することになりますが、それが非常に危険な任務で生きて帰れないかもしれない、なんて感じに描かれており、ネイビーシールズの隊員が、作戦前夜に、家族にテレビ電話でそれとなく最後の挨拶をする、なんていうシーンも描かれています。

しかし、客観的に見ると、作戦行動の標的がはっきりしている上に、その標的も敵地のど真ん中ではなく、住宅地のど真ん中にあり、更には装備する武器なども圧倒的に優れているので、作戦が失敗する可能性はあっても、生きては帰れないという悲壮感や危機意識は果たしてあるものなのかなあ・・・とだいぶ疑問に感じるところではありました。

「ゼロ・ダーク・サーティ」の方は、作戦の成否に重点が置かれるので(標的地にビン・ラディンがはたして居るのか否か!?)、その観点からの緊迫感がひしひしと伝わりますが、本作は、ネイビーシールズを視点に置いたが故に、緊迫感の置くポイントを「生きて帰れるか否か!?」にしてしまったので、それが、ちょっと嘘くさくなってしまうところでした。

また、ネイビーシールズ視点を強調しようとするためか、ネイビーシールズの隊員同志の人間関係を描こうとしていますが、そのために、隊員の一人が、隊長(本作の主人公的位置づけ)の奥さんを寝取ったというエピソードが盛り込まれていて、正直、そのエピソード(当然、本作のために創作したエピソードだと思いますが)はどうなの・・・と思ってしまいました。

隊員同志の人間関係を描くのであれば、もっと違ったエピソードを作った方が良かったよねという気がしました。

ラストは、ネイビーシールズが、ビン・ラディンの潜伏拠点に突入し、作戦を成功させるというところで終わりを迎えますが、ネイビーシールズを中心に据えた物語であれば、この突入作戦を、もっと丁寧に迫力ある映像で描いてくれると良かったなぁと思います。

エンドロールで、アメリカやCIAに協力したパキスタン人が、ビン・ラディン暗殺作戦成功後、パキスタン政府に軒並み逮捕され、国家反逆罪の罪名で処罰を受けたという事実が明かされていますが、これは結構びっくりしました。

ビン・ラディンが潜伏していたのはパキスタン国内ですが、パキスタン自身は、一応、アメリカの友好国だったはずなので、アメリカの作戦に協力したパキスタン人が逮捕されるというのは、意外でした。

この点は、映画ではほとんど解説がありませんでしたが、アメリカとパキスタンの一筋縄ではいかない関係性が見えてきて、一番、興味深い点でした。

[ 2015/06/23 22:01 ] 現代史 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:現代史】 ゼロ・ダーク・サーティ

【評価】★★★★★

zero_dark_thirty.jpg
2012年/アメリカ
監督:キャスリン・ビグロー
主演:ジェシカ・チャステイン


9.11事件の首謀者、オサマ・ビン・ラディンを米軍が暗殺するまでの実話を元にした作品。前々から気になっていましたが、ようやくレンタル。

【ストーリー】
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CIA調査官マヤは、9.11事件の首謀者オサマ・ビン・ラディンの居場所を突き止めるため、現地に派遣されてくる。
捕虜としたテロリストや協力者を時には拷問にかけながら、オサマ・ビン・ラディンにつながる手がかりを求めるマヤ。
時間をかけ情報を得ながらも、行き止まりに突き当たったりと、なかなか、オサマ・ビン・ラディンの居所はつかめない。
そして、その中で、同僚がテロにより殺されたり、アメリカやヨーロッパ各地でも爆発テロが引き起こされ、歯がゆい思いをしながら、オサマ・ビン・ラディンの居所に近づいていく。
あと一歩というところまでたどり着くが、今度は、マヤ自身もテロの対象となり、間一髪、命拾いする。しかし、マヤは、テロ組織の標的対象リストに名前を連ねている危険な状況にまで至る。
それでも、マヤが集めた情報が功を奏し、オサマ・ビン・ラディンが隠れていると思われる邸宅を突き止めることに成功する。
しかし、本当にその邸宅にオサマ・ビン・ラディンがいるかという確証がもてない中、邸宅襲撃の許可は下りず、時間だけが刻一刻と過ぎるのだった。
CIA長官は、スタッフを集め、その邸宅にオサマ・ビン・ラディンがいると思うか、一人一人に諮問していく。マヤ一人、「100%の確率でオサマ・ビン・ラディンはその邸宅に隠れている」と断言、その言葉に動かされるように、オサマ・ビン・ラディン襲撃計画が実行されるのだった。
米軍の特殊部隊が、その邸宅に突入。邸宅に住む、テロとは直接関係ない女性などにも被害を出しながらも、オサマ・ビン・ラディンの暗殺に成功するのだった(完)。

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政治的プロパガンダ作品だなど、色々と政治的な絡みも指摘される作品のようですが、政治的な問題を抜きにして、映画として見て評価すると、非常に面白い作品だったと思いました。

好き嫌いの好みはあるでしょうが、「強大な悪を、不利な立場の主人公側が、地道な積み重ねで追い詰めていく」という展開は、例えば、映画「アンタッチャブル」などにも通じるものがあり、こういった展開が好きな私にとっては、刺さる作品でした。

主人公の女性CIA調査官マヤが、9.11テロの首謀者、ウサマ・ビン・ラディンの捕獲・殺害をするため、ウサマ・ビン・ラディンが潜伏していると思われるアフガニスタンへと派遣されてきます。

その後、アメリカ軍が捕らえたタリバン派(ウサマ・ビン・ラディンが指揮するテロリス津グループ)のテロリスト達を尋問、時には(頻繁に?)拷問を加えながら、ウサマ・ビン・ラディンの所在に関する情報を一つずつ積み重ねていきます。

一部では、米軍やCIAによる捕虜拷問を正当化するための映画だ、なんていう批判もあるようでしたが、頻繁に登場する捕虜のテロリストに対する拷問を見て感じたことは、アメリカも表面では自由とかきれい事は言うけど、裏に回れば、テロリストと大差ない(とは言い過ぎかもしれませんが)ことやってるんだなぁというものでした。

アメリカは「自由主義を守る」というために、結構な犠牲を強いるわけですが、その犠牲は、人権蹂躙だったり、無関係な人の人命だったりと、「自由主義を守る」ためのコストが大きいよなと常々感じます。
「自由主義を守る」というのは、多くの人々の人権や尊厳を守ることでもあるはずですが、人権を守るために、別方面で人権を蹂躙するという矛盾する行動を取っているわけです。

本作を見ると、アメリカの行為の正当化ではなく、矛盾を示した作品のように感じます。

本作の展開は、ワラ山の中にある針を探すように、ビンラディンの居場所に繋がるか細い情報を一つ一つ丹念に拾い上げる日常が描かれているので、ビンラディン殺害というハードなテーマの割には、物静かな印象を受ける作品です。

それでも、時として、テロリストグループの罠にはまり、テロリストの米軍キャンプへの侵入を許してしまい、マヤの同僚がテロリストの自爆テロで犠牲になったり、外食先のレストランが爆破テロの標的になったり、最後は、マヤ自身がテロリストの暗殺リストに名前を連ねることとなって、テロリストから銃撃を浴びて間一髪助かるなんていう展開があったり、24時間、常に危険にさらされるわけではないものの、思いもかけないところでテロの牙が襲いかかってきます。

まさに、イスラム国によるテロの犠牲者が日本人の中からも出ている状況を思うと、テロ組織と立ち向かったり接触したりすることの危険性って、かなりのものなのだなと感じます。
テロ組織と戦うために、相当の準備をして対応をしているアメリカでさえ、かなりの犠牲を出していることを考えると、組織の支援や後ろ盾が無く、個人レベルに近い状況でテロ組織と接するのは、相当の覚悟が必要なのでしょう。

さて、本作でも、主人公マヤは、少しずつ、ビンラディンの居場所まで近づきますが、マヤ自身もテロ組織の標的にされるようになり、テロの脅威に直面し、いつ命を落としても不思議ではない状況にとなります。

そして、そんな危機的な状況を迎えつつ、ついに、ビンラディンの隠れ家と思われる邸宅を発見します。

しかし、その邸宅に本当にビンラディンがいるのか、確証が掴めないため、邸宅発見から100日以上、手をこまねく状況が続きますが、最後は、確証を持てないまま決断して、米軍による邸宅襲撃が行われます。

映画は、米軍特殊部隊による邸宅襲撃のシーンもじっくり描きますが、邸宅に住んでいるビンラディン以外の家族にも被害を出しながら、ビンラディン暗殺に成功します。
ビンラディン暗殺できるのであれば、多少の犠牲が出ようとも気にしないという、アメリカの姿勢というのは、ある種の怖さを感じるところではあります。

日本だったら、人命を気にして、ここまで強引な決断はできないだろうと思うと、アメリカは、一番大事なのは主義で、人命(少なくとも味方以外の人命)は二の次、三の次という感じなのでしょう。
本作を見ていると、アメリカのそういった強面ぶりが、ところどころ顔を出しているのに気づきました。

それでも、最後、ビンラディン暗殺の成功は、見ている側もある種の達成感を感じました。
主人公マヤは、ビンラディン暗殺成功の報を聞いて、涙を流しますが、さすがにそれは、そこまで、ビンラディン暗殺に思い入れを持っていたのかとビックリ。

執念、復讐心、恨み・・・こういう強い感情がないと、相手を殺して涙を流して喜ぶなんて域には達しないのでしょう(本作の主人公マヤは、ビンラディンの死に喜んだという、単純な心境で涙を流したわけではないのでしょうが)。

おそらく、テロリスト側も、アメリカの要人暗殺成功の報を聞けば涙を流して喜ぶのかもしれません。
テロリスト、アメリカ双方が、強い執念でお互いを殺し合おうとしている、そんな救われない関係になっているのだとすると、この戦いに未来はあるのか、心が重くなります。

[ 2015/02/03 22:01 ] 現代史 | TrackBack(0) | Comment(0)
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kappa1973

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