FC2ブログ

読書と映画

読んだ本、見た映画について感想を書いています。
2019 12123456789101112131415161718192021222324252627282930312020 02

【邦画:恋愛映画?】 となり町戦争

【評価】★★★☆☆

tonaritown_war_mov.jpg
2007年/日本
監督:渡辺謙作
主演:江口洋介、原田知世

日本の小説やノンフィクションって、結構、映画化されている割合高いなぁということに、ビデオ屋の邦画の棚を覗いていて気付いた次第。これまで本で読んだもので、映画化されているもの、ちょっと見てみようかなぁと思うに至り、その第一弾として選んだのが本作。

【ストーリー】
===========================
とある田舎町に住む主人公。ある日、その町が、となり町と戦争を開始することとなる。
戦争は、行政事業の一環として行われているらしく、どうにも戦争の現実感に欠ける主人公であったが、町役場から、隣町の偵察業務を任命される。
町役場の女性職員の指導の下、偵察業務と称する業務を仕事の合間に行う主人公。
更に、その業務はエスカレートして、女性職員と偽装結婚して隣町に住居を移し、隣町の動向を調べることとなる。
とは言っても、何事もない戦争とは思えない平凡な時間が過ぎるが、ある日、潜入工作が発覚したとのことで、隣町からの脱出をすることになるが、その時に、隣町に雇われた民兵から命を狙われ、ようやくリアルな戦争を体験することになる。
しかし、その戦争も予定通り終了。何事もなかったようではあるものの、職場の同僚や、女性職員の弟がその戦争によって亡くなったりと、主人公の日常に戦争の爪痕は何らかの形で残されたのだった(完)。
===========================



【戦争がお役所仕事だったら?】

市町村間で戦争が起こるが、それがお役所仕事っぽかったら、どうでしょうというテーマ設定の内容。
どことなく、カフカの小説で、ある日突然、死刑宣告を受けた男が無罪を訴えようにも、お役所仕事のせいで、実態が掴めず、死刑執行も行われるのか行われないのか不明なまま、ある日突然、死刑執行がされてしまう・・・といったものがありましたが(小説のタイトルは忘れてしまったのですが)、そんな行政の不条理さに相通ずるものがありました。



【行政の横暴さ】

映画の中で、ありがちな行政の横暴だなぁと、思わず失笑してしまったのが、戦争が始まり、主人公が偵察業務に任命される場面。
偵察業務の任命について手紙が届いたので、事情を聞きに役所に赴くと、「任命は任意であり、義務ではない」との説明。
ただし、偵察業務の任命を拒否するためには、行政不服審査手続きに基づき、不服申し立てを不服申立審査委員会に申請し、そこで理由その他の申し立てを行って・・・うんぬんかんぬんと、行政が勝手に命じて、しかも任意であるという割には、それを断るには非常に手間暇かかる手続きを踏ませようとする横暴さ。

それ、任意と言いつつ、ほとんど義務ですよねと言わざる得ないわけです。

行政に限らず、携帯電話の解約をしようとすると、色々と手続きが面倒だったり、手続きを煩雑にすることで、その行動をとらせまいとする仕掛けというのは世の中色々ありますが、その代表が行政だよなぁと思うわけで、そういう辺りが、皮肉に指摘されていました。



【やることへの正当化】

その他、戦争事業を実施(この映画では戦争は行政事業の一環という立て付け)するに当たって、住民説明会を行うものの、住民から反対の意見が出ると、時間切れを理由に打ち切ったりと、どうも、説明会って、納得や説得をするというプロセスではなく、「説明しましたよね?」というアリバイ作りでしかないよなぁ、という感じがよく出ていたりします。

行政が、やると決めてしまうと、変更や中止という判断に返ることが難しく、やることの正当化にのみ力を注ぎこんでしまい、目的がなんだったのかが、はっきりしなくなる、そんなバカバカしさがあるとともに、自分の身近な話でないと、何ら関係ないように思いつつも、巡り巡って、影響が及んでくる怖さも、そこはかとなく感じられる作品でした。

スポンサーサイト



[ 2019/08/01 00:00 ] 恋愛 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:恋愛映画】 ライフ・アフター・ベス

【評価】★★★☆☆

life_after_bess.jpg
2014年/アメリカ
監督:ジェフ・ベイナ
主演:オーブリー・ブラザ、デイン・デハーン


前から少し気になっていたのですが、恋愛映画っぽい感じだったので、借りるのを避けていたゾンビ映画。
地元TSUTAYAの旧作レンタルのゾンビ映画もほぼ借りつくしてしまったところなので、ついに思い切ってのレンタル。

【ストーリー】
======================

恋人ベスを事故で亡くし、悲嘆にくれる主人公ザック。
ベスが亡くなってから数日後、ベスの実家を訪れると、なんと死んだはずのベスが生きて暮らしているではないか・・・。
驚くザックだが、両親の話だと、ベスは墓を突き破って家に帰って来たとのこと。
あまりの信じられない事態に、両親はベスが生き返ったことを隠し続けようとする。
一方、生き返ったベスも記憶や思考能力があやふやになっており、自分が死んだことを自覚していないのだった。
ともかく、ベスが生き返ったことを喜ぶザックだが、ベスの様子は次第におかしくなり、暴力的な傾向が強まり、異様な臭気を発するようになり、ザックは、ベスが生き返ったのではなく、ゾンビになって戻ってきたのだということを確信する。
そして同じころ、町では、死者が蘇り、町中をうろつく事態が発生、大混乱となる。
そして、蘇った死者は凶暴性を増し、生きている人間を喰らうようにすらなるのだった。
恋人ベスにも、その傾向が見え始め、ザックはついに、ある決意をする。
ベスとの約束だったピクニックに二人で行くザック。
ベスと二人きりになったザックは、ベスへの思いを全て打ち明け、それと同時にサヨナラを告げ、ベスの頭に銃弾を撃ち込み、ベスを殺すのだった。
ベスの死後、ゾンビ騒動も一段落し、ベスを再度、墓に埋め戻すザック。
そうして、ベスとの思いに区切りをつけたザックの目の前に、幼馴染の女性が現れ、ベスとの思いに苦しむザックに新たな恋の予感が生まれるのだった(完)。

======================

コメディ作品という位置づけですが、案外とシリアスな内容の作品。
冒頭、恋人のベスを不慮の事故で亡くし、失意のどん底にいる主人公ザックや、その家族の悲嘆の様子が描かれ、深刻な嘆きの様子に、この後、コメディタッチに展開するとは、到底思えない状況。

その後、死んだはずの恋人ベスが墓場から蘇って自宅に戻ってくるのですが(なんだか、小説「猿の手」のような展開だ・・・)、家族は喜び勇んで生き返ったベスを向かい入れ、主人公ザックも、戸惑いながらも、総論的には歓迎の意を示します(なんだか、政治家のような態度だ(笑))。

ただし、葬式を行った手前、家族はベスが生き返ったことを他の人に知られるとまずいということでひた隠しにし、また、ベス自身、記憶があやふやになっていて、自分が一度死んだことを覚えていないことから、ベスにも本当のことを告げず、主人公ザックは、そんなベスの家族の方針に異論がありながらも、その方針に従います。

しかし、ベスの様子はだんだんにおかしくなり、記憶がますます曖昧になり、思考能力も低下が見られると同時に、暴力的になり始め、ザックや家族の手に負えなくなり始める・・・そんな展開へと突き進んでいきます。

この後、ベスだけでなく、他の死人もゾンビになって蘇ってきて、町は大騒動に見舞われるわけですが、この映画が他のゾンビ映画と比較して異色な点は、ゾンビが、人語を介し、思考能力が低下してはいても会話がそれなりに成り立つという点、最終的には人肉を欲するようになるものの、他のゾンビ映画のように始終、人肉を追い求めるのではないというところ。

そして、一番の違いは、他のゾンビ映画のように、ゾンビを排除、始末しようとはせず、出来る限り受け入れ、なんとかしようとする姿勢が生きている人間側にある点でしょう。

ゾンビを受け入れようとする設定は、実は意外とリアルかなと思いました。
本作品では、ゾンビになると、知能が低下し始め、暴力的になっていくのですが、症状としては、痴呆症をほうふつとさせる点があります。
もちろん、痴呆症では、人肉まで欲することはありませんが・・・。

家族としては、治療などで痴呆症が改善できないかとか、なんとか一緒に過ごすことができないかとか、あれこれ悩みながら、一緒に生きていくのが普通でしょう。
本作では、痴呆症ではなくゾンビ化ですが、ゾンビになったら人間じゃないんだから、殺してしまえ、という発想は、現実だったら起こりえないことを考えると、家族や恋人が病気で、変質していってしまった時に、どのように対応するのかという問題を考えさせられたのでした。

本作では、凶暴な力で暴れまわり人肉を欲するような状態となった恋人ベスは、結局、ザックや家族の手には負えなくなり、ザック自らが、恋人ベスの頭に銃弾を撃ち込み射殺(?)するということで決着を付けます。

ゾンビ映画で、人間がゾンビを殺すのはなぜか?
ゾンビが人肉を喰らうから? 既に死んでいるから? 言葉が通じないから?
いずれも、副次的な理由であり、一番の理由は、「手に負えないから」。

人間が、親しい人や家族を殺さざる得ない状況とは、結局、手に負えなくなってしまうからなのだなぁと、本作を見てつくづく思ったところでした。
映画では、恋人ベスがゾンビだったので、殺すのも仕方がないというようにも思えますが、本質を突き詰めれば、「手に負えない」人間は殺してしまうのは仕方がないことなのか・・・うーん、非常に考えさせられます。

出来得れば、手に負えなくなった人を、どう扱うべきか、そんな問題には直面したくはないですが、高齢化社会を迎える日本、至る所に、その問題に直面している人も多そうです。

[ 2016/10/03 00:00 ] 恋愛 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:恋愛】 鑑定人と顔のない依頼人

【評価】★★★☆☆

best_offer.jpg
2013年/イタリア
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
主演:ジェフリー・ラッシュ


DVDの予告を見て興味を惹かれた一作。
予想外の結末が待っている作品のようなので期待しながらの視聴。

【ストーリー】
========================

他人との接触を嫌い、孤独に過ごしてきた腕利きの美術鑑定人。
彼は、女性の肖像画を集めるのが唯一の趣味で、自宅の秘密部屋に、長年集めてきた非常に高価な女性肖像画を飾り、そこで過ごすのが日課であった。
ある日、彼の元に一人の女性から電話がかかってきて、両親から引き継いだ美術品の査定をして欲しいと依頼を受ける。
女性の住む豪邸に赴くものの、女性は決して姿を見せず、電話や声だけでやり取りをするのだった。
実は、女性は広所恐怖症で人との接触も苦手であったため、鑑定人との接触も避けようとしていたのだった。
自分と似たような性格を持つ女性にいつしか興味を惹かれるようになり、鑑定人と女性は恋に落ち、ついには、鑑定人はその女性との結婚を決意し、女性と共に自宅に住むこととなる。
そして結婚式をまじかに控えたある日、自宅に戻ると女性は、鑑定人の集めた女性肖像画と共に姿を消してしまっていたのだった。
鑑定人は、女性が、自分のコレクションを狙って、大規模な詐欺を仕掛けたということを知るが、それでも、その偽物の短い恋を大事な思い出として胸の中にしまうのだった(完)

========================

最後にどんでん返しの結末があるものの、総論的には恋愛映画に入る作品ではないかと思います。
イタリア映画で、美術品を背景にした作品なので、シャレオツな感じな作品です。
さすが、イタリアといった雰囲気でしょうか。

映画は、人間嫌いだけど財産を持っている美術品鑑定人が、引きこもりの女性と接触するようになり、ついには恋に落ちるも、それは実は罠で、まんまと鑑定人が長年かけて集めた女性肖像画のコレクションを根こそぎ盗まれてしまうというもの。

映画の大半は、鑑定人が引きこもりの女性との交流を深め、恋に落ちることで人間らしさを取り戻していく姿が描かれ、質の良い恋愛映画といった作りになっています。

映画終盤、鑑定人は人間らしさを取り戻し、引きこもり女性も、急に引きこもり体質が治って普通の生活を送れるようになり、それにより、鑑定人と女性は結婚をしようという話になっていきます。
映画を見ていると、この辺りからきな臭さが増してくるので(事前に、「予想外の結末がある」という予備知識があったこともありますが)、実は女性は詐欺師なのではないかという予感が漂ってきます。

そして、鑑定人が秘密のコレクション部屋に女性を案内するシーンが出てくるので、「もしかして、女性の狙いはこのコレクションか」という推測が立つので、最後に、女性に根こそぎコレクションを持ち去られてしまうという展開は、思ったほど、びっくりの展開ではなかったかなぁという印象。

ただし、最後のどんでん返し的なオチにつなげるまで、途中で伏線らしい伏線があまりなく、どことなく、唐突な結末ではあるので、その辺りは大いに不満が残るところ(「シックスセンス」のような上手な伏線の張り方がしてあると、おぉっ!となるのですが)。

なので、出来うれば、騙されたと思った鑑定人が、実は罠を張っていて実は女性の方が騙されたとか、集めていたコレクションは実は贋作ばかりだったといった具合に、もう1回どんでん返しがあったら面白かったのになぁ・・・なんて思いました。

映画自体は、「ニセモノの中にも、何かしらの本物が存在する」というテーマがあるようで、ラストは、ニセモノの恋であったはずの詐欺師女性との経験を、女性と出会う前の孤独な生活に戻った鑑定人が大切な思い出として胸に秘めて生きていくという感じで終わります。

ニセモノの恋ではありましたが、鑑定人にとっては、人間性を取り戻し、人間として生き生きと過ごすことのできた時間を与えてくれた経験ということで、価値のあるもの-真実であったというところでしょうか。

本物かニセモノかは、他人が決めることではなく、自分の中の価値観で決まるものなのかもしれません。
その意味では、鑑定人にとっては、詐欺師女性との出会いは本物の恋であったということでしょうか。

まぁ、しかし、この映画、要約すると、二次元女子しか愛せなかったオタクが、現実の引きこもり系女子に恋したら手痛く騙されました・・・というアキバ系の人々にとっては、とっても痛い話だったのでした(苦笑)。

[ 2015/06/24 12:02 ] 恋愛 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:恋愛】 ザ・エージェント

【評価】★★★☆☆

agent.jpg
1996年/アメリカ
監督:キャメロン・クロウ
主演:トム・クルーズ


プロスポーツ選手の契約交渉などを担当するエージェントを題材にした映画ということで、選手ではない別の側面から描かれたスポーツ映画かなということで、レンタルです。

【ストーリー】
===================================

主人公マグワイアは、大手エージェント会社に勤めるエリート・エージェント。ある日、金儲け中心で、エージェントとして担当するスポーツ選手たちのことを考えない仕事のあり方に疑問を感じ、現在のエージェントのあり方を批判した提案書を書き、会社内に配布する。これが原因で、会社を追われることになったマグワイアは、この提案書に共感したドロシーと一緒に新しいエージェント会社を立ち上げる。
しかし、そんなマグワイアの顧客として残ったのは、自信過剰で生意気なアメフト選手ロッドのみ。
マグワイアは、そんなロッドのために有利な契約を結ぼうと奔走する。そんな中、マグワイアは会社を一緒に立ち上げたシングルマザーのドロシーと恋に落ち、結婚する。
仕事の方は、なかなか思うとおり進まず、ロッドの契約交渉も難航する。それに呼応するようにドロシーとの関係にも隙間ができ、離婚寸前までいってしまう。
一方、仕事を通じて、マグワイアとロッドは信頼関係を築き始め、希望の条件で契約を結ぶことに成功する。そして、ロッドとの関係を通じて、信頼とは何かを学んだマグワイアは、ドロシーとの関係を修復し、夫婦としてドロシーとの新しい人生を出発させるのだった(完)。

===================================

スポーツをマネジメントの面から描いた作品なのかなと思って視聴したのですが、プロスポーツ選手の契約交渉などを担当するエージェントという仕事についての話というよりは、エージェントの仕事は引き立て役で、主人公マグワイアと、シングルマザー、ドロシーとの恋愛模様を中心とした作品でした。
その意味では、恋愛映画に分類されそうな作品。

主人公マグワイアは、今までの金儲け主義の仕事のあり方に疑問を感じ、信頼と愛、人間関係を大事にして、顧客であるスポーツ選手との信頼関係を築く仕事をすべきではないかと思い至ります。
そして、その考え方を会社内で表明したことにより、会社を首になり、自ら新たなエージェント会社を立ち上げるという展開になります。
マグワイアの考え方に共鳴し、新しい会社に参加したのは、経理担当でシングルマザーのドロシーのみ。
マグワイアとドロシーの恋愛模様が本作の主軸となってきます。

仕事の方は、会社をクビになり、新会社を設立したものの、今までの顧客には逃げられ、残ったのは、自信過剰で不遜な態度のアメフト選手ロッドのみ。
このロッドのために、有利な契約を結ぶことが、マグワイアの唯一の仕事となるわけですが、仕事の方法は、理想をぶち上げて会社をクビになった割には、会社にいた頃とあまり変わらない仕事の方法といった印象です。

エージェントの仕事って、結局、顧客のスポーツ選手に有利なようにことを運ぼうとすれば、スポンサーなどはその分、マイナスになるし、かと言って、拝金主義にならないように交渉すれば、スポーツ選手が割を食うしと、どうも、ゼロサムゲームの状況のようです。
みんながハッピー、win-winの契約ってなかなか難しいため、信頼と愛、人間関係重視の仕事って、イメージしづらいところです。

マグワイアは、なんとかロッドの契約を有利に運ぼうと奮闘しますが、なかなか上手くいきませんが、プライベートの方は、ドロシーとの仲が進展し、ついに結婚までしてしまう展開に。
しかし、結婚生活も順調には行かず、ドロシーから別れを切り出されます。

実は、なんで、ドロシーが別れを切り出したのが、いまいちよく分かりませんでした。
マグワイアが結婚したのは、実は単なる勢いだったのではないかとか、ドロシーのことを本気で愛していないのではないかとか、そんな辺りなのかなぁと思いつつも、なんか、やはり別れを切り出した理由がしっくりこず。
この辺りの理解力不足が、私にはどうも恋愛映画を見る素養が欠けているのかも・・・。
たぶん、ここが理解できてないと、クライマックスとかに感動できないんだろうなぁ。

一方、仕事の方は、マグワイアがロッドに「金のことだけじゃなく、もっと初心に帰れ。プレーする楽しさや、チームメイトへの感謝の気持ちがなければ、この先も、誰も一流のプレイヤーだとは認めてくれないぞ」という叱責が功を奏して、ロッドは試合で好プレイを連発。
それが、評価され、無事、希望通りの契約を結ぶことができます。

マグワイアの理想とした信頼関係重視の仕事とは、要は、感謝の気持ちとか純粋な気持ちを忘れずに取り組めば、おのずとお金も付いてくる・・・そんなところでしょうか。
マグワイアとロッドは、このことを通じて、ビジネスを越えた信頼関係を確認することができたのでした。
そして、マグワイアは、信頼関係の大切さに気付くと、ドロシーの元を訪れ、ドロシーを愛しているという正直な気持ちを打ち明け、マグワイアとドロシーの関係は修復するのでした・・・という結末。

話としては、理想を求めつつも、現実は上手くいかず、それでも少しでも理想に近づくよう努力した結果、少し見えるものがでてきて、それが、仕事にも結婚にも好影響を与えました・・・ということでしょう。

なんとなく分かる気はするのですが、メインであるマグワイアとドロシーの恋愛関係における気持ちの動きが、あまりきちんと理解できなかったせいか、あまり感動するとかそういったところまでには到達しませんでした。
また、スポーツ映画として見た場合は、エージェントの仕事やロッドのアメフトの試合などは、完全に脇役で、恋愛ストーリーを盛り上げるための材料にしかなっていないので、こちらは、物足りないなぁという印象。

うーん、恋愛映画系は、どうも自分の趣味に合いづらいのかもしれません。

[ 2014/10/07 07:01 ] 恋愛 | TrackBack(0) | Comment(0)

【邦画:恋愛】 ダーリンは外国人

【評価】★★☆☆☆

dalin_movie.jpg
2010年/日本
監督:宇恵和昭
主演:井上真央、ジョナサン・シェア


TVでやっていたので視聴。
原作漫画「ダーリンは外国人」シリーズを何冊か読んだことがあるので、果たしてどんな作品になっているか興味津々で視聴です。

【ストーリー】
========================

外国人のトニーと付き合っている漫画家志望のさおり。
トニーとのジェネレーションギャップに日々戸惑いつつも、トニーとの親密度を深めていくさおり。
また、漫画家としてデビューする夢にも着実に近づいていくが、父親からの交際反対や父親の死などの試練により、トニーと気まずい関係になってしまう。
そんな中、トニーは一時、故郷のアメリカに帰国。
トニーとやり直すことを考えたさおりは、トニーを追いかけ、アメリカの故郷に。
そこで、トニーの家族がいる中で、さおりは、トニーからプロポーズを受けるのだった(完)。

========================

漫画の方は、外国人との付き合いに中でのギャップや、語学オタクのトニーの奇妙な言動や語学に対する鋭い(おかしな?)突っ込みや感性を面白おかしく紹介するといった内容なのですが、映画の方はというと、主人公さおり(著者)とトニーの恋愛模様中心の恋愛映画に仕上がっています。

ということで、漫画のテイストを期待してみると、期待を裏切られることになります。

私も、恋愛映画は興味が薄いせいもあって、正直、かなり退屈してしまいました。
モトモト、原作は恋愛ストーリーではないので、恋愛作品として見ると、波乱万丈度合いがとても低いので、これを恋愛映画に仕立ててしまうと、なんだか、何も起きない平坦な話になってしまいます。

小津安二郎映画か!?、というくらい日常のありふれた話ばかり続き、そして、時折、漫画で取り扱われたネタが唐突に挟み込まれている(「抜かれるなら、やっぱり度肝だよね」というトニーのちょっととぼけた発言とか)という、見ている方としては、恋愛映画にしろコメディー映画にしろ、どっちつかずの中途半端な印象。

うーん、あの漫画をストーリーのある映画に作り上げるのは、かなり難しいよなということを改めて実感させられました。

一層のこと、原作の漫画は完全に無視して、設定だけ借りて、別の作品(本作で言えば、もっと本格的な恋愛映画)にするというのも手ではなかっただろうかという気がします。

恋愛映画で言えば、いくつか障害がないと盛り上がりに欠けると思いますが、唯一、障害らしきものは、かおりの父親の交際反対ですが、それも、父親の死によりあっさりと消え去り、さらに、死後、二人の交際に理解を示していたというエピソードまで出てくるので、恋愛の障害としては、かなり物足りない感じです。

これは、著者の実話なので、現実はそんなもんでしょうが、映画(フィクション)として、そのまま採用してしまうと、地味なエピソードであること、この上なしです。

そう考えると、原作の漫画って、恋愛漫画ではなく(当然のことですが)、異文化ギャップを題材にしたコミュニケーションの面白さを(断片的に)紹介するエッセイ風の作品なんですよね。

この辺りをしっかりと練らず、漫画のエピソードを中心に再構築して、恋愛映画にしてしまっているので、当然、盛り上がりに欠けてしまっているのだろうなぁ。
ただ、一つ発見としては、原作漫画はコメディータッチの作品という認識でしたが、エピソードを組みなおすと全く他のジャンルの作品(今回は恋愛映画)にできるということでありました。

ぜひ、エピソードを組みなおして、ホラー映画あたりを作ってくれると、面白いかも(笑)。

なお、妻と一緒に鑑賞したのですが、映画終盤までは、「退屈・・すごくつまらない」とのたまっていたのですが、ラスト、さおりがアメリカに行きプロポーズを受けるシーンで、「泣けた」と感想を述べておりました。
総合的な感想を聞いたところ、「最後に泣けたから、悪くはなかった」という、最初の頃とはだいぶ違う感想に・・・。

私は、プロポーズのシーンとかは、「また、ベタな展開にしちゃって(苦笑)」と思っていたので、妻の感想(の豹変振り)には、正直びっくりしました(笑)。

うーん、恋愛映画って、女性の方が許容度が高いのかもしれません・・・。


[ 2014/03/04 00:30 ] 恋愛 | TrackBack(0) | Comment(0)
ページ最上部へ

プロフィール

kappa1973

Author:kappa1973
 
読んだ本と映画について、感想を書いていきたいと思います。
 
評価は5段階で・・・
★☆☆☆☆:焚書坑儒!
★★☆☆☆:時間の無駄
★★★☆☆:損はない
★★★★☆:良い作品!
★★★★★:殿堂入り!?

アクセス数
アクセスランキング
[ジャンル]: 映画
239位
[サブジャンル]: レビュー
121位
カレンダー