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読書と映画

読んだ本、見た映画について感想を書いています。
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【書籍:エッセイ】 にっぽん虫の眼紀行 -中国人青年が見た「日本の心」

【評価】★★★☆☆

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著者:毛丹青
出版:文藝春秋



【上品で綺麗な日本語】

日本に住む、青年学者である中国人の著者が書いた日本での生活の一編を描いた短編エッセイ集。
まず、読んで驚くのが、日本語が上手なこともさておきながら、非常に品の良い綺麗な日本語である点。

おそらく、どんな日本人が書いても、ここまで綺麗な日本語で書くことはできないのではないかと思います。
後書きの解説で、本作の日本語表現を、志賀直哉や夏目漱石に例えていましたが、確かに一昔前の文豪が書いたような、懐かしい香りのする文章です。

著者は、中国で過ごした時代背景から、物事を体験ではなく、本や文章の世界から認識する生活だったといった趣旨のことを書いていますが、そういった生い立ちが、こういった文章を書かせるのか、それとも、中国の文語表現が影響して、日本語の文章を書くと、こういった綺麗で上品な文章となるのか・・・これは、今の日本人では書けない文章だなぁと思います。



【ちょっとした日常の一コマ】

本書は、日常のちょっとした風景を著者ならではの切り口で切り取り、綺麗にまとめあげた小品集といったところです。
盲導犬に先導された盲目の女性が横断歩道の途中で赤信号に切り替わってしまった場面や、終電電車内での働き過ぎの日本人の一コマなど、普通だったら、それほど何かを感じることは少ない場面を題材としています。
著者の思索的な面が、よく表れているのではないかと思います。

ただ、現代的な感覚から行くと、綺麗にまとめ過ぎているかなぁという感じもします。
少し、毒っ毛があると、良かったのかなぁという気もしますが、そうすると、この綺麗な日本語の雰囲気は壊れてしまうから難しいのでしょうね。

今どきの日本に、こういう思索的な人って、そうはいなさそうというあたり、中国の奥深さに思い至ったのでした。




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【『にっぽん虫の眼紀行』より】
日本人の生活は非常に疲れる。まさか彼らは気づいていないわけではあるまい。私は終電の人々に「何で早く帰らないのか」と問いたい。

(書き出し)
日本に来る以前は、体験という言葉はそれほど重要な意味を持たなかった。

(結び)
だからこそ、私は北京を愛する。内なる輝きをもつ北京を!
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【書籍:エッセイ】 自殺

【評価】★★★☆☆

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著者:末井昭
出版:朝日出版社



【リアル自爆】


自殺について楽しく読める本にしようとの意図から書かれた本。
そういう狙いもあって、軽い感じの内容になっています。

ただし、著者の自殺との関わりがなんとも凄い。
7歳の頃、母親が自殺したことが、いわば、自殺との関わりがあるということになるのですが、母親の自殺の方法がなんとも凄まじい。

母親は30歳前半で自殺により亡くなったそうですが、近所に住む10歳年下の独身男性との心中。
そして、その方法は、ダイナマイトを使っての爆死。

・・・爆死。
近代日本史の授業で、日本軍が中国の軍閥の首領・張作霖を爆殺したというのを習ったいらいの、爆死です。
張作霖爆殺というのを習ったとき、なんていう凄まじいことを、と思った記憶がありますが、個人レベルで爆死した人がいたとは、非常な驚きなのでした。

著者が知人にこの話をしたところ、その知人が「自爆だな」と答えたという話が本書に載っていましたが、まさにリアル自爆。
著者の自殺の関わりは、予想だにしない、衝撃的な幕開けでもあったわけです。



【自殺と関わりのある人とのインタビュー】


ただし、著者自身は酒に、ばくちに、不倫に、大借金に、うつ病に・・・と色々な経験をしているものの、自殺は考えたことがないということで、著者自身の体験からは、あまり自殺と関わりのある話はでてきません。

代わりに、自殺と関わりを持った様々な人とのインタビューが載っており、それがなかなか面白く(?)読ませる内容でした。

高校生の頃、両親が心中してしまった経験を持つ青木麓さんの話も、なかなかに興味深いものでした。
両親が死んで、青木さんは嘆き悲しむよりも、「なんか、うけるー」といった印象の方が強く、妙にハイテンションになってしまったという話は、あまりに突き抜けた経験だと、自分の予想だにしない感情の動きが出てしまうのかもしれません。

その他、青木が原で自殺者の捜索に長年携わってきた人とのインタビューも、自殺者の心理を垣間見ることのできる話で、自殺者の複雑な心境の一端を知ることができます。
青木が原に自殺しに来る人の多くが、意外と迷っていて、きっかけがあれば、自殺をせずに、帰ってしまうということも多くあるようです。

そういう心理状況を考えると、自殺の名所に「命の電話」の電話番号があったり、直接ホットラインで繋がる電話が設置されているのも意味があるのかもしれません。



【毎年3万人の自殺者】


その他にも、アルコール中毒やうつ病などで、社会に携わることが出来ず、紆余曲折の末、そういった人々を集めたイベント「こわれ者の祭典」を主催している人や、有名な麻雀師だけどホームレス・・・といった普通にはなかなか接点を持つことがなさそうな人へのインタビューも、自分の知らない世界を垣間見る面白さがあるのでした。

社会は様々な人で構成されている、自分が知っている世界はごくほんの一部なんだと痛感します。
仮に自殺が少ない社会があるとすれば、こういった色々な人が自然な形で受け入れられる社会なのかもしれません。

年間3万人の自殺者が出る日本は、言い換えれば、毎年3万人の人が日本では受け入れることが出来ずに、排除されているということなのかもしれません。
もっと寛容な懐深い社会が必要なのかも・・・そんな思いを抱きながら本書を読んだのでした。


【『自殺』より】
 
やっぱり、人が死ぬってお祭りじゃないですけど、当事者以外はなんか天上高くなるんだなっていうのが、思ったことですね。
 
(書き出し)
二〇〇九年に朝日新聞のインタビューを受けました。テーマは「自殺防止」でした。
 
(結び)
それでも自殺を思い留まることができなかったら、とりあえず明日まで待ってください。その一日が、あなたを少し変えてくれます。時間にはそういう力があります。ほんの少し、視点が変わるだけで、気持ちも変わります。そして、いつか笑える日が来ます。きっと―。
 



【書籍:エッセイ】 新編 単独行

【評価】★★★☆☆

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著者:加藤文太郎
出版:山と渓谷社



【加藤文太郎さんのエッセイ集】


先日読んだ、新田次郎の「孤高の人」で描かれた主人公の登山家・加藤文太郎が執筆したエッセイなどを集めて、一冊の本にした作品。
加藤文太郎の文章だけでなく、福島功夫さんという登山家が、加藤文太郎さんの業績などを分析した文章が随所に混ざっており、程よいインパクトとなっています。



【散逸した文章を一冊の本に】


30歳で遭難死する加藤文太郎さんですが、戦前、単独登山の境地を開いた登山家として名を馳せるとともに、単独登山の紀行文や、単独登山の考え方なども文章に残しています。
それらの文章を、テーマごとに整理してまとめたのが、この本ですが、元々、一冊の本にまとめるつもりで書かれた訳ではないので、本としてストーリーを感じながら読むのは、ちょっと苦しいところがありました。



【創作かと思いきや事実!】


とまぁ、本としては苦しいところもありますが、新田次郎さんの「孤高の人」に描かれていたエピソードが、本人の文章で書かれていたりする発見は、面白い点でした。
何せ、「孤高の人」は小説なので、新田次郎さんの創作となっている部分も多々あるように窺え、山中で出会った4名のパーティーとの確執、その後のパーティーの遭難という、何とも劇的なエピソードは、劇的すぎる故に、てっきり創作部分だとおもっていただけに、それが真実だったとはびっくりだったのでした。

まぁ、新田次郎さんが描いた加藤文太郎さんは、あまりに孤高っぷりが凄すぎて変人の域を超えてすらいましたが、実際の加藤文太郎さんは、そこまで孤高ではなく、一般人から見ても想定範囲内の孤高レベルだったようで、小説と現実の違いを見せ付けられもしました。


【『新編 単独行』より】
 
大体僕は岩登りも、スキーも下手なのでパーティの一員としては喜ばれず、やむなく一人で山へ行くのであって、別にむずかしいイデオロギーに立脚した単独登攀を好んでいるわけではない。
 
(書き出し)
「単独行」は、過去、次のような経緯をたどって出版された。
 
(結び)
特異な登山家による特異な書としてではなく、登山者の普遍的な心情に訴えるものをもった本として、本書がさらに新しい読者を得ることを望みたい。
 


【書籍:エッセイ】 岳物語

【評価】★★★★☆

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著者:椎名誠
出版:集英社文庫



【親子関係の築き方】


椎名誠さんの長男、岳君の幼稚園から小学生時代までの間の、椎名誠さんと岳君の交流を描いたエッセイ的作品。
椎名誠さんは、仕事柄しょっちゅう旅に出ていて、家にいる時間も少なく、子供に接する時間も少ないようですが、接する時は、子供のことを結構気にかけている様子がうかがえます。

親子の関係も、様々なんだなと考えさせられます。
接する時間が短くとも、それならそれなりに接する方法はあるわけです。

親子の関係と言えども、極論すれば、どういう人間関係を築くかということですから、良好な人間関係の築き方というのは、接する時間の長さだけではないはずで、時間以外の部分でどうやっていくかが大事なのですね。



【からかう奴は殴ってしまえ】


岳君は、かなり腕白なタイプの子供のようで、勉強よりも喧嘩の強いタイプのようです。
椎名誠さんは、岳君と接する中で、色々アドバイスや助言をすることもあります
岳君が丸坊主の髪型を嫌がって、その理由が「丸坊主だと、同級生にハゲとからかわれるから」と言うものだったのですが、椎名誠さんは、岳君に、「お前、学年で喧嘩が一番強いんだろう?だったら、からかう奴がいたら殴っちまえばいいんだよ。」とこともなげに言ったりします。

僕だったら、「人を殴れ」というアドバイスは絶対ないだろうなぁと思うわけですが、大人でも穏健派から武闘派まで十人十色で、自分の常識(「人を殴れ」なんて言ってはいけない)は、他人の非常識なんだなと、本書を読んでいて感じました。

先日、椎名誠さんの青春三部作(「哀愁の町に霧が降るのだ」、「新橋烏森口青春篇」、「銀座のカラス」)を読んで、椎名誠さんが、学生時代は喧嘩ばかりしていた不良学生だったと知って驚いたのですが、確かに、そういう学生時代を送っていれば、「殴ってしまえ」というアドバイスもさもありなん(笑)。
アドバイスは、その人の人生が色濃く反映されるというわけです。



【骨太な教育】


後半は、岳君が小学校5年生の頃の話が中心となり、岳君が夢中になった釣りにまつわる話。
椎名誠さんは、意外にも釣りに詳しくないそうで、岳君に連れられ釣りに行くなんていう話は微笑ましく、釣りに関しては、素人っぷり丸出しの椎名誠さんと、それを冷静にたしなめる岳君という構図は、これまた面白い。

また、椎名誠さんは、国内外の河川をカヌー下りする作家・野田知佑さんと親交があり、岳君を野田さんに2週間くらいあずけて、一緒にカヌー下りをさせたりと、なかなか骨太な体験を岳君にさせてあげる辺りも、子供の育て方って、何も親だけでするもんじゃないのかもしれないなぁと思うところでした。

まぁ、しかし、こういう風に子供の頃のことを本で書かれると、こういった教育・体験を受けた子供は大人になったらどんな風に育つんだろうと、好奇心を持たれてしまうのは、ちょっと辛い点もあるかもしれません。

実際、私も、椎名岳君が、現在、どんな大人になっているのか気になってネットで検索してしまいましたし(笑)。
ネットで見る限り、写真家として活躍しているようで、岳君の子供の頃の体験が、写真家と言うキャリアになんとなくつながっているなぁ、そんな印象もあり、とんでもないことになっていなかったことに、一安心でもありました(私が心配することではありませんが(笑))。


【『岳物語』より】
 
岳のやつは確実に大きくなっているんだなあ、おれが帰ってきたときの奴の迎え方が年年変ってきているので永い旅行をするとそれがよくわかるよ
 
(書き出し)
私の息子の名前は岳という。両親ともに山登りが好きだったので、山岳の岳というのを名前にしたんだよ、と、本人にはじめておしえてやったのは保育園に通っている頃であった。
 
(結び)
それからなんとなく体のまん中のあたりから意味もなくおかしくなってきて、私は意識して大袈裟に体をはずませながら、すこしの間、一人でくつくつと飽きるまで笑っていた。
 


【書籍:エッセイ】 またやぶけの夕焼け

【評価】★★★★★

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著者:高野秀行
出版:集英社



【男の子版「ちびまる子ちゃん」】


辺境ルポライター・高野秀行さんの子供時代の思い出をつづったエッセイ的な作品。
普段の作品は、辺境探索をして、アヘン自ら栽培さいたり、未確認生物探索を行ったりと、独自の境地を行く内容が中心でしたが、本作は、それとは路線の異なる作品です。

高野さんの通常の作品のような意外性はないものの、たまには、こういう内容も悪くないなぁと思いながら読みました。
さながら、男の子版「ちびまる子ちゃん」のような内容の作品です。



【「またやぶけ」とはなんぞや?】


さて、本作は、高野さんが小学校4年生から5年生にかけての思い出がつづられています。
出だしの話は「またやぶけの冒険」という内容から。

なんだ、「またやぶけ」って?
本書のタイトルも「またやぶけの夕焼け」となっているように、何か意味深なキーワードな気がする。

「またやぶけ」・・・「まぶた」とか「夕焼け」とかの言葉が複合したようなイメージがあり、何か郷愁を誘うような造語な気がすると思って本書を読みましたが、とんだ勘違いでした。

「またやぶけ」、漢字にすると「股破け」。

要すれば、高野さんたちは、大股を開いてズボンの股を破けさせる様子がとてもおかしかったので、わざと、自分のズボンの股を破くという遊びをしていた・・・その遊びの名前が「またやぶけ」だったということ。

全然、郷愁を誘う言葉ではなかった(笑)。
しかし、大人になった今では、そんなことで爆笑を誘われることはありませんが、子供の頃というのは、こういう単純なことでも楽しむことが出来たよなぁと、懐かしさを覚えました。
その意味では、郷愁を誘う言葉ではあるかな。



【高野さんの子供時代に共感】


本書では、高野さんたちは、遊び仲間のグループがあって、小学校5年生の男の子をリーダーに、小学校4年生の高野さんやその友人、彼らの弟の小学校2年生、1年生がメンバーとなっています。
学年横断的な子供たちが遊びのグループを形成していたわけです。

私も、小学校4年生くらいまでは、学年横断的なグループが形成されていて、そのグループでよく遊んだ思い出があり、高野さんの体験と共通する部分があって、本書に懐かしさを感じたところでした。

本書では、リーダーの小学校5年生の男の子が変人で、常識外れな発想で変な遊びを考えだし、それが面白くてグループ内が大いに盛り上がったという話がつづられています。
私が小学校3年生・4年生の時も、2学年上の男の子(小学校5年生・6年生)がリーダー的存在で、彼が、色々と面白いいたずらや遊びを考えだし、それが、とてつもなく面白かった記憶があり、リーダーとなる年上の男子の存在は大きかったなぁと、本書を読みながら思い出しました。

子供の頃の思い出話は、自分と共通する部分があると、懐かしさや共感を覚えて心に染み入るものがあります。



【少年時代との決別】


本書のラストは、リーダーの男子が小学校6年生となったことで、下級生たちと混じって遊ぶことを避けるようになり、グループが解散するという話です。

これも分かるなぁと思いながら読みました。
私の時代は、自動車の消しゴム(カーケシと呼ばれていた)を、お尻がスイッチで飛び出す式のボールペン(←この説明で理解できるだろうか・・)を使って、カーケシを飛ばしてぶつけ合って押し出すというゲームが流行っていて、勝負に勝つと負けた方のカーケシを手に入れられました。

そんなある日、グループのリーダー的存在の6年生が家にやってきて、「もういらないから、これ全部あげるよ」と、その6年生が持っていたカーケシを全部貰ったことがあります。
その時は、すごく大喜びだったのですが(何せ勝負弱く、カーケシの所有数も少なかったので)、もうすぐ中学生にもなるし、いつまでも僕らと遊ぶことはできないということで、その餞別の意味合いも込めて、カーケシを全部くれたのだということが、後になって理解できたときは、少し悲しかった記憶があります。

こういう別れは、少しだけ大人になっていく少年と、まだまだ少年のままの自分たちの間との差が生み出すもので、必ずや訪れる別れなのだなぁと、本書を読みながら、しみじみと思い返したのでした。
ある種、少年時代との決別を意味するものなのでしょう。

本書、自分の子供時代の思い出と照らし合わせて、うなずける部分が多々あり、大いに共感する内容でした。
ただ、これは、男性にはある程度理解できる話ですが、女性にはちょっと理解しづらい話かもしれません。

その意味で、まさに、男の子版「ちびまる子ちゃん」ですね。


【『またやぶけの夕焼け』より】
 
大人は本当に無造作にそういうひどいことをする。
 
(書き出し)
知る人ぞ知る変人カッチャンが軍団を結成し、あろうことか自分がその仲間入りをさせられてしまったのは僕が四年生になったばかりのことだった。
 
(結び)
僕らの笑い声は紫色に染まった空へすーっと吸い込まれ、「家路」の曲とともにどこまでもどこまでも遠くに響いていった。
 



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プロフィール

kappa1973

Author:kappa1973
 
読んだ本と映画について、感想を書いていきたいと思います。
 
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★☆☆☆☆:焚書坑儒!
★★☆☆☆:時間の無駄
★★★☆☆:損はない
★★★★☆:良い作品!
★★★★★:殿堂入り!?

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