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読書と映画

読んだ本、見た映画について感想を書いています。
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【洋画:歴史】 ウォリアー REDBAD

【評価】★★★☆☆

redbad.jpg
2018年/オランダ
監督:ロエル・レイネ
主演:ハイス・ナバー

中世のヨーロッパ歴史物作品。まったくなじみのない時代・場所の歴史に関する話ですが、昨今、この手の歴史に埋もれてしまった英雄の話、というのが映画化されることが多くなっている印象です。

【ストーリー】
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西暦700年頃のオランダ。フリース人の王国があったが、隣国のフランク人の侵略によりキリスト教への改宗を余儀なくされるなど、外圧により苦境に陥っていた。
主人公レッドボットの父である国王が戦死するが、部族の因習を否定するレッドボットは部族長たちの反感を買い追放されてしまう。
追放された地で信頼を得たレッドボットは、再び、祖国に戻り、祖国で信頼を勝ち得たレッドボッドは、フリース人を率いてフランク人を打ち破る。しかし、フランク人勢力と結びつく仲間の裏切りに合い、フランク人に捕らえられてしまうが、脱出し、再び、フリース人を率いてフランク人の軍勢を打ち破るのだった(完)。
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【REDBADって何?】

映画タイトルの副題「REDBAD」、何かなぁと思ったら、主人公の名前でした。
映画では、主人公のことを「レッドポット」と読んでいて、「赤いポット・・・変な名前だなぁ」なんて思いながら見ていましたが、スペルで綴ると「REDBAD」のようです。
日本語にすると「赤×悪」、凶悪なネーミングっぽいですが、発音すると、「レッドポット」なんですなぁ。

日本語で考えるから、おかしく感じたり、不思議に感じたりするわけですが、日本にはなじみのない歴史上の人物ということで、しっくり来るのに時間が掛かるということなのでしょう。



【キリスト教徒と異教徒】

話は、キリスト教徒であるフランク人が、異教徒であるフリース人を制圧・改宗しようとして攻め寄せてくるのに、主人公が抵抗し撃退するというストーリー。
ヨーロッパの歴史は、宗教絡みの話が多いですね。

主人公の祖国であるフリース人の信奉する宗教では、不況の時には、女性を生け贄として捧げる儀式があったり、非人道的な迷信・蛮習も多く、主人公は、そういった蛮習に反対したことから、一時、国を追放される目に遭ったりもします。

他方、フランク人が信じるキリスト教は、生け贄などの蛮習は否定するものの、布教活動は暴力的で、従わないものは処刑するなんていう乱暴さがあり、正直、どっちも嫌だなぁというのが感想。

本作は、キリスト教徒の横暴への抵抗というテーマの作品なので、キリスト教徒の行いへの批判的な側面があるものの、かといって主人公の祖国の宗教が良いかというと、そうでもないので、どことなくもやもやとします。



【異質を受けれる度量】

主人公レッドポットが、祖国の民を糾合し、押し寄るフランク人に立ち向かい撃退をしますが、途中では、フランク人に与した祖国の人に裏切られたり、なかなか、一筋縄では祖国をまとめ上げることが難しい展開となります。

スポーツチームの応援じゃないから、右か左かで簡単に敵・味方を分けられるわけではないし、色々な視点から思惑が発生するので、単純に「敵はフランク人だ!」なんていうことだけで、人々をまとめ上げることができないのは、人間の難しさでしょう。

主人公が、キリスト教の司教に対し、「キリスト教徒が死後、天にいけるのなら、キリスト教徒ではなかった、祖先達とは、天で会うことができないのか?」と質問し、司教が「先祖達は異教徒であるから、キリスト教徒しか入れない天上の世界にはいない」と答えるシーンがでてきます。

異質なものは徹底排除の思想が、宗教を巡って対立が起きてしまう原因であり、宗教が人の心を救うことを目的としている割には、排他的で、異質を受け入れる度量が狭いなぁ、なんて思うところでした。
ヨーロッパの歴史が、キリスト教と共にあるんだなぁということを感じる映画であるとともに、宗教とは、ということを肌感覚で分かっていないと、ヨーロッパの歴史というのは、なかなか掴みづらいと感じました。


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[ 2020/03/07 00:00 ] 西洋史 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:歴史】 バルト・キングダム

【評価】★★★☆☆

baltic_kingdom.jpg
2018年/イギリス、ラトビア
監督:アイガース・グラウバ
主演:エドヴィン・エンドレ

以前、観たことある映画のタイトルだなぁと思いつつ、内容は観たことがない。よくよく確認したら、以前観たのは「バトル・キングダム」でした。「バトル」と「バルト」・・・混同するなぁ。

【ストーリー】
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13世紀、バルト海沿岸にあるゼムガレ国をローマ帝国は支配しようと狙っていた。
ローマ帝国の教皇大使マックスは、ゼムガレ国王と皇太子を暗殺し、ゼムガレ国支配を目論むが、国王は死の直前、後継者を指名し息絶える。
後継者に指名された主人公は、一度はローマ帝国の捕虜となるが、衛兵を倒し、ゼムガレ国に戻り、ローマ帝国への抵抗を開始する。
一度はローマ帝国の侵略軍を打ち破るが、再度襲来したローマ帝国に、周辺部族の裏切りが重なり、敗北し砦は落とされてしまう。
一族を率いて、部族の聖地に立てこもった主人公は、ローマ帝国と最後の決戦において、霧と煙で視界を塞ぎ、奇襲をかけることで、ローマ帝国軍を率いた教皇大使マックスを討ち取り、ローマ帝国の野望を打ち破ったのだった(完)。
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【史実を元にした作品】

ゼムガレ国の支配を狙うローマ帝国と、ゼムガレ国の新王となった主人公の戦いを描いた作品。
地理がどのあたりなのか、いまいち分かりづらいですが、映画のタイトルが「バルト・キングダム」となっているので、ゼムガレ国はバルト海沿岸にある国のようです。
それから、補足すると、史実を基にした作品とのこと。



【やくざ映画っぽい感じか?】

全体的な印象としては、どことなくこじんまりとした感じです。
ゼムガレ国を制圧しようとするローマ帝国が率いる軍隊も、せいぜい100人足らずの小部隊で、当然、主人公側のゼムガレ国も、同規模、もしくは、それよりも少ない人数のため、迫力の戦争映画とはならず、暴力団の抗争レベルの規模感かなぁという感じ。

戦闘をテーマにした映画だと、やはり規模感、重要!、そんな思いを抱きつつ見たのでした。

そして、もう一つ物足りなかったのが、ローマ帝国側、主人公側どちらもあまり策というものがなく、ガチンコバトルばっかりという点。
このあたりの展開も、やくざ映画っぽさを感じるのでした。



【煙に巻く作戦】

こんな感じで、あまり見所、盛り上がりに欠けるまま話は展開していき、一敗地にまみれた主人公がローマ帝国軍に最後の戦いを挑むというのが、ラストのクライマックス。

ラストだけに、策を講じる主人公。
その策とは、煙によって視界を塞ぎ、敵も味方もまわりが見えない状態で戦いを挑むことで、多勢に無勢でも有利に戦いが進められるのだ!という作戦。

・・・煙で味方も見えない状態になっているので、その作戦の効果の意味は正直よく分かりませんでしたが、こういうことはあまり突っ込んじゃだめ、そういうもんだと思って観てください。
これぞ、日本語の慣用句にある『煙に巻く』作戦というわけです。

と、まぁ、いろいろ突っ込みどころのある映画ですが、史実に基づいた作品という当たりを評価(何を評価するんだ?とこれまた突っ込みどころありですが)したいと思います。



[ 2020/03/02 00:00 ] 西洋史 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:歴史】 サムソン -神に選ばれし戦士

【評価】★★★☆☆

samson_god_choise.jpg
2018年/アメリカ、南アフリカ
監督:ブルース・マクドナルド
主演:ジャクソン・ラスボーン

1人vs1000人みたいなキャッチコピーがあったので、ついつい借りてしまいました。
なんか、多勢に無勢でやっつけるみたいな展開、気になるんですよね。

【ストーリー】
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紀元前1000年頃のイスラエル。
ユダヤの民は、他の部族の奴隷とされ、苦難の時代を迎えていた。
ユダヤの民の中から、民を苦難から解放する救世主が現れるという予言が信じられており、怪力を誇るサムソンは、人々から救世主であると信じられていた。
しかし、当のサムソンは、救世主たる自覚はなく人々の期待から外れる行動ばかり取るのだった。
そのような中、サムソンは結婚をしようとするが、国王の策略で婚約者を殺されてしまう。その事件に端を発し、サムソンは一人で国王軍1000名と戦い、国王軍を全滅させてしまう。
サムソンの力を恐れた国王は、その後、サムソンの村に手出しをするのを控えるが、サムソンの力の秘密を知り、その力を封じて捕虜として捕らえることに成功する。
そして、城門の前でサムソンを処刑しようとするが、サムソンが怪力を発揮し、城門を倒し、自身といっしょに、国王もろとも、敵兵を城門の下敷きにし国王軍を壊滅させるのだった。
このことに勇気を得たユダヤの民は自由を得るため、武器を手に取り立ち上がるのだった(完)。
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【旧約聖書が題材の作品】

映画を見始めて気づきましたが、確か、旧約聖書の中にあるエピソードを題材にしていますね。このエピソードを基にした、他の映画も観た記憶があります(映画「サムソンとデリラ」)。
映画「サムソンとデリラ」の細部はすっかり忘れましたが、最後のオチ(サムソンが城門を崩して自分ごと敵国王をぺしゃんこにしてしまう)は印象的だったので、この場面を見て、「あぁ、この話ね」と思い出しました。

本作を見て、神様がサムソンにユダヤ人を導けと言いつつ、導く方法はこれかい!と、神様の無茶っぷりに突っ込みを入れてしまいましたが、映画「サムソンとデリラ」の感想を読み返してみると、やっぱり似たような感想を書いていたので、サムソンのエピソードは、どうにも神様の無茶っぷりが目に付く話のようです。



【優柔不断でもやもや展開】

本作では、サムソンは神に選ばれし者として、周囲から期待されるものの、本人にその自覚がなく、周りをやきもきさせる上に、怪力という優れた才能をまったく活かし切らないという展開が続きます。

才能や能力があるのに、自堕落でやる気がないのを見ると、周りとしては非常にがっかりさせられますが、本作の後半くらいまで、サムソンはそんな感じなので、どうにも歯がゆく、もやもや感がいっぱいな気持ちになります。

中盤、サムソンがやむにやまれず、国王軍1000名と戦い、一人で壊滅させるという展開もでてきますが、ぜひともその勢いを駆って、国王をぶっ倒してくれと思うわけですが、「そもそも、神との約束で、死者に触れてはいけなかったのだ」などと言って、矛を収めてしまいます。
・・・1000名の兵士を殺しているのだから、十分、死者には触れていると思いますよ。

結局のところ、サムソンはどうにも優柔不断で、決断力や判断力に欠けるなぁと言う印象。
これでは、人を率いるのは難しいだろうなぁ・・・。



【学ぶために苦労することは難しい】

結局、女性に怪力の秘密を漏らし(髪を切ると怪力を失ってしまう)、国王にその秘密を知られ、怪力を封じられ捕虜になり、両目を失って、ようやく神の使命に目覚めるサムソン。

苦労しないと、人は成長しないし、学ばないんだなぁと思うわけですが、サムソンが学ぶのに必要な苦労は、ちょっと常人の苦労とはだいぶレベルの違う苦労のようです。
できれば、少しの苦労で多くを学べる人間となりたいものです・・・。

そして、冒頭でも触れましたが、サムソンがやったことというのは、処刑のため城門に引きずり出されるものの、神の恩寵で怪力が復活、城門を引き倒して、自分もろとも、敵国王や兵士を下敷きにして殺してしまうという結末。
・・・怪力の使い道としては、確かに一番まっとうな使い方ではありますが。やっぱり、こういう結末なのか、とびっくりではあります。

本作では、さすがにそれではどうかと思ったのか、サムソンの自己犠牲的精神に感化されたユダヤの民が自由を得るためにたちが上がるという話につなげています。
やっぱり、何らかの形で民衆の心を動かしました的な結末じゃないと、サムソン、かわいそうですよね。

それにしても、神様というのは残酷というか、意地悪というべきか・・・。



[ 2019/12/31 00:00 ] 西洋史 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:歴史】 ヴァイキング ー誇り高き戦士たち

【評価】★★★☆☆

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2016年/ロシア
監督:アンドレイ・クラフチュク
主演:ダニーラ・コズロフスキー

タイトルは、「ヴィキング」ですが、内容は、900年代のロシアにあったキエフ公国を巡る歴史ストーリー。日本では、ロシアの歴史はあまりなじみがないので、興味を引きそうな「ヴァイキング」というタイトルにしたのかもしれません。

【ストーリー】
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970年頃のロシア。キエフ公国の王が死去し、領土を長男ヤロポルク、 次男オーヴルチ、三男ウラジーミルがそれぞれ継承する。
しかし、兄弟間の確執から、次男オーヴルチが長男ヤロボルクに殺されたことから、三男ウラジーミルと長男ヤロボルクの間にも争いが起こり、ウラジーミルがヤロボルクを殺し、キエフ公国の王の地位につく。
しかし、国内の不協和と外敵からの攻撃により窮地に立たされる。そこで、ローマ帝国との同盟を強めることで苦境から脱しようとするが、ローマ帝国は、その条件として、ローマに反旗を翻す都市を制圧することを要求してくるのだった。
その要求を受け入れ、堅固な城壁に囲まれた都市の攻略に乗り出す。正攻法では攻略が難しいことから、都市への水の手を絶つことで、都市の攻略に成功する。
この戦いの課程で、キリスト教に目覚めたウラジーミルは、キリスト教に改宗するのだった(完)。
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【人間関係の把握に苦労】

馴染みのないロシアの歴史ということもあって、ストーリーや人間関係の把握に苦労しましたが(そもそも、一番肝心な、長男、次男、三男の関係を理解できたのが、映画も終盤になる頃だったりと、私の理解力はだいぶ遅くなったのでした・・)、そこはかとなく、ロシアの歴史の雰囲気は掴めたかなぁと思います。

主人公は、三男ウラジーミルなのですが、歴史映画の主役と言えば英雄的人物と相場が決まっていそうですが、本作のウラジーミルは、そのような英雄的側面は薄く、どちらかというと様々な状況に苦戦し、物事がうまく行かない感じで、ちょっとパッとしなかったかも(笑)。



【人の支持を得ることが重要】

兄弟を倒し、キエフ公国の王座に就くウラジーミルですが、母親が奴隷であったという出自から、周囲から軽侮され、ウラジーミルに従うことをこころよしとせず、という人々に反旗を翻されたり、国内の宗教指導者の方が、民衆の支持を得ていて、思うように人々を動かせなかったりと、王になっても、何かと大変という感じです。

王座というのは、人の支持を得て、初めて意味をなすのだなぁと思いながら、映画を見ていたのでした。



【神の恩寵に恵まれた人物】

国内の反ウラジーミル派が、外敵と手を結んで攻め寄せ、いったんは、自分の城も燃え落ちる危険性のある火攻めで、なんとか撃退するものの、外敵の力は一向に衰えず、城陥落は時間の問題という状況にまでなります。
万事休すかと思ったところに、ローマ帝国の使者がキエフ公国を突如訪れたので、いったん休戦状態に。
ローマ帝国の要請を受け入れることで、窮地を逃れる展開になるのですが、多少、他力本願な展開が、気になるところです。主人公、絶体絶命のピンチに見舞われると、幸運に見舞われ窮地を脱するという展開が何度もあり、主人公は神の恩寵に恵まれた人なのかもしれません。

これが伏線になって、映画のラストではキリスト教に改宗するという展開につながったということなんでしょうか。
実は、宗教をテーマにした作品だったのかもしれません。

[ 2019/06/17 00:00 ] 西洋史 | TrackBack(0) | Comment(0)

【洋画:西洋史】 スパルタ総攻撃

【評価】★★★☆☆

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1962年/アメリカ
監督:ルドルフ・マテ
主演:リチャード・イーガン

昔のペルシアとギリシアの戦争を描いた作品。少し前に流行った映画「300」の昔版ですな(昔版とか言うな)。以前から気になっていたのでレンタル。

【ストーリー】
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紀元前480年。ペルシア王クセルクセスは、ギリシャへの侵攻を開始。
スパルタ王レオニダスは、ペルシアの侵攻を防ぐべく、軍を招集するが、議会の反対にあい、300名の兵しか引き連れていくことができない。
そこで、狭隘な地テルモピュライでペルシアの大軍を迎え撃つ作戦を立てる。
300名の寡兵ながら地の利を活かし、ペルシアの大軍を数度に渡り撃退するが、テルモピュライの裏に回り込む間道を見つけたペルシア軍は、レオニダス軍の裏に回り込むことに成功。挟撃されたレオニダス軍は、降伏することなく果敢に戦い、全滅するのだった。
その後、ギリシアへの侵攻を続けるペルシア王だったが、海戦で手痛い敗北を喫し、ギリシア遠征に失敗するのだった(完)。
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【映画「300」の昔版】

数年前、300名の寡兵でペルシアの大軍を迎え撃ったスパルタ軍を描いた映画「300」が流行り、続編まで作られましたが、本作品は、映画「300」の昔版。
こちらの映画の方が、先に作られたのだから、映画「300」の昔版という言い方は非常に失礼ですな。



【スパルタ人=お祭り男】

映画「300」は、以前観ましたが、記憶には、マッチョ映画だったなぁという、謎の印象しか残っていませんが(笑)、本作は、テルモピュライの戦いに至るまでの経緯なども丁寧に描かれており、史劇映画という趣の強い映画です。

スパルタ王が、侵攻してくるペルシア軍を迎え撃つべく、軍を招集しようとしますが、議会は、「大事なお祭りが終わった後でないと、軍は出せない」と主張。緊急を要するスパルタ王は、300名の親衛隊のみを率いて進撃する羽目に。

どんだけ、重要な祭りなんだと、ツッコミが入りそうですが、その祭りがサンバ祭りとかだったら仕方がないな(・・・なぜだ)と思ったりして。
スパルタ人のイメージって、「お祭り男」っぽい感じなので、お祭り命の人たちなのかもしれません。



【まさかの「死んだふり作戦」】

そして、メインとなるテルモピュライの戦いへ。
ペルシア軍が、大軍の利を活かさない力押し作戦ばかりなので、少々、面白みに欠ける点はあるものの、スパルタ軍が、「死んだふり作戦」とか、なかなか面白い作戦を実行していたのは見ものでした。

ただし、戦いっぷりは、やはり、映画「300」の方が迫力あるかなぁと思うところですが、これは、最新技術や映画シナリオ技術の進歩など、昔より今の方がよりよくなるから仕方がない点ですね。

ラスト、ペルシア軍が、間道を発見し、スパルタ軍を包囲することに成功。
スパルタ軍は降伏を潔しとせず、包囲したペルシア軍が浴びせかける大量の矢を受け、バタバタと倒れていくシーンは、悲劇的ではありますが、美しさを感じました。

潔く死を選ぶというのは、日本人的にはグッとくるところですが、太平洋戦争の日本軍の玉砕精神と照らしてみると、こういうシーンでグッとくるというのも、我ながらどうかなと、ちょっと心に引っかかるところもあったのでした。

映画と現実はきちんと区別してということなのかなぁ。
この手の映画を見ると、つい、そういうことを考えてしまいますね。


[ 2019/04/29 00:00 ] 西洋史 | TrackBack(0) | Comment(0)
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kappa1973

Author:kappa1973
 
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★★★★☆:良い作品!
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