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読書と映画

読んだ本、見た映画について感想を書いています。
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【書籍:ギャングもの(実話)】 カポネ

【評価】★★★★☆

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著者:佐藤賢一
出版:角川書店


【「アンタッチャブル」とは異なるアル・カポネたち】


映画「アンタッチャブル」を見て以来、主人公エリオット・ネスの好敵手、暗黒街の帝王アル・カポネにも興味があったところです。
そのアル・カポネを、西洋歴史フィクション小説(史実とフィクションを融合した作品)を書き続けている佐藤賢一氏が、小説の題材として取り上げているというのは、ちょっと不思議な感じがしますが、興味深く手に取らせてもらいました。

全体的な印象としては、映画「アンタッチャブル」でイメージされる、アル・カポネやエリオット・ネスとは、だいぶ異なるのだなぁということ。
闇酒でシカゴの暗黒街を牛耳ったアル・カポネを逮捕したと喧伝されるエリオット・ネスに関しては、実像と「アンタッチャブル」で描かれている姿は、だいぶかけ離れているという話は聞いたことはあったので、実際、そのかい離について知ることができたのも、興味深いところでした。


【ギャングになる前のカポネの姿】


本書は、禁酒法時代にシカゴの暗黒街を牛耳ったアル・カポネを主人公に描いており、カポネが裏社会に入っていく過程など、暗黒街の顔役として活躍する以前の姿も描かれています。
アル・カポネというと、敵対するギャングを皆殺しにするという手荒いイメージがありましたが、初めて殺人を犯した際の躊躇や後悔など、荒っぽいギャングのイメージとは違うカポネの姿は、生まれついてのギャングがいるわけないんだなぁと納得できるところでした。

その後、裏社会にどっぷり浸かるにつれ、問題を解決する手段を、「殺し」に頼るようになるのは、裏社会の怖さをも感じさせるのでした。



【冷酷さと温情の2面性】


カポネのイメージが、「アンタッチャブル」で描かれているような荒っぽい姿に徐々に変わっていくわけですが、一方で、貧しい人々に対する食糧の配給事業を行ったり、敵対するギャングに襲われ破壊された酒場を、お金を出して救ったりと、困っている人々に手を差し伸べる一面もあります。

ギャングと言えども、自分の欲望を満たすために、他者を搾取したり、暴力で屈服させるだけでは敵を作るだけで、長くは続けて行くことはできないということなのでしょう。
慈善事業は、カポネが計算して行った行為ではなく、本心で行ったことなのかもしれませんが、いずれにせよ、ギャングであっても、他者に手を差し伸べ助けるという面がなければ、裏社会から支持も受けられないし、支持を受けられないギャングが、暗黒街を支配することは難しいということです。

カポネが、シカゴの暗黒街を牛耳るまでにのし上がった背景には、他者を切り捨て冷酷に目的を達成することができる能力があったことも大きな要因でしょうが、もう一方で、他者に手を差し伸べる優しさがあった点も重要だった気がします。

とは言っても、トータルで言えば、カポネは反社会的な存在で、カポネの存在は社会にとってマイナスだったと言わざる得ません。


【エリオット・ネスの登場】


アル・カポネと言えば、カポネの闇酒ビジネスを取り締まったエリオット・ネスの存在が、すぐに浮かんできますが、本書で、エリオット・ネスが登場するのは、後半に入ってからです。

「アンタッチャブル」では、強い正義感から、アル・カポネに真っ向から対峙し、アル・カポネ逮捕の立役者としてエリオット・ネスが描かれていますが、本書では、だいぶ違った描かれ方がされています。

本書では、カポネ逮捕の容疑は脱税となりますが、エリオット・ネスは、脱税での摘発には、なんら貢献していなかったとされています。
実際、エリオット・ネスは、酒類取締官という立場で、闇酒の製造・販売の摘発を担当しており、職務上、脱税を追及する立場にはなかったことから、実際、脱税での摘発には貢献していなかったようです。

本書では、むしろ、カポネを殺人罪や禁酒法違反ではなく、脱税で摘発することに批判的な立場をとるエリオット・ネスの姿が描かれています。
結局、カポネを本丸である殺人罪、禁酒法違反で逮捕に漕ぎ着けることが難しい(証拠集めなどが困難)ため、どんな方法でも良いから逮捕するための手段として、脱税に着目したわけです。

こういう手法も、現在の日本の警察と、似ているような感じがあります。
日本の警察も、暴力団を摘発するのに、「ゴルフ場で身分を偽った」など、それが罪になるのと思われるようなことで検挙している実態がありますしね。

とりあえず、悪い奴なんだから、手段は問わず、刑務所にぶち込めれば良いんだという思想は、なんだか怖いなぁと思うところで、本書で、エリオット・ネスがそういった方針に批判的だったということには、強い共感が持てるのでした。


【エリオット・ネスの晩年】


エリオット・ネスが、闇酒の取り締まりによって、カポネの好敵手であったというのはある程度事実のようですが、カポネが逮捕されてからの境遇は、恵まれたとは言えなかったようです。

功績が認められず、FBIに採用されることなく、地方の州の公安局長になるものの、飲酒運転で事故を起こし免職。
アルコール中毒となり、離婚をし、晩年は、酒場に入り浸った状態だったようです。
唯一の慰めは、その酒場で知り合った作家が、エリオット・ネスの活躍を「アンタッチャブル」として出版し、虚像の面はあるものの、エリオット・ネスの事績を広く世間に知らしめることが出来たという点でしょうか。

エリオット・ネスが、晩年、落ちぶれて、英雄の悲惨な末路のような状態になってしまっていたのは、残念ですが、それでも、アル・カポネと戦っていた時代のエリオット・ネスは、「アンタッチャブル」で描かれていた勇敢な一面を有していたのだと思っています。
エリオット・ネスの実像がどうであれ、私の中では、「アンタッチャブル」の価値が薄れることはないと思っています。

「アンタッチャブル」では、エリオット・ネスが、高く評価され描かれていますが、実は、対するアル・カポネがギャングとして一流の人物であったが故に、エリオット・ネスも高く評価される結果になったのでしょう。

アントニオ猪木の「風車の理論」ではありませんが、戦う相手が強ければ強いほど、自分の強さが際立つ-、その意味では、エリオット・ネスがアル・カポネを相手に戦うことができたのは、非常に幸運だったのでしょう。


【『カポネ』より】
 
どんな男も家族をまもらなきゃならねえ。それが骨のある男なら、仲間のことを気にかける。もっと才覚ある男なら世の中のことを考える。大物になるほど、余計なことまで背負いこむことになってるんだ。自分ひとり幸せにはなれねえことになってるんだ。
 
(書き出し)
海の臭いがした。確かに鷗の鳴き声も聞こえたが、それは潮の香ではなかった。
 
(結び)
朗らかにアル・カポネを語りながら、男たちの晩餐は少し長引きそうだった。
 


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[ 2017/04/25 00:00 ] 事件・犯罪 | TrackBack(0) | Comment(0)

【書籍:犯罪】 破獄

【評価】★★★★★

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著者:吉村昭
出版:新潮文庫


「昭和の脱獄王」と呼ばれた白鳥由栄を主人公にした小説。本書では、白鳥由栄ではなく、佐久間清太郎という名前で描かれています。

時代背景は、戦中から戦後にかけてであり、佐久間が網走刑務所など、厳重な厳戒体制にある刑務所を4度に渡って脱獄する過程や、最後に入獄した府中刑務所では脱獄をせずに保釈され、出獄後、心臓麻痺で死ぬまでの姿が描かれています。

また、小説では、佐久間の動向だけでなく、当時の刑務所を巡る行政の状況なども描かれていて非常に興味深いものがありました。

話の中心は、やはり佐久間がどのように脱獄をしたかといったところが焦点になるわけですが、力業の脱獄ではなく、看守などとの心理戦が繰り広げられるところも、面白いところです。
刑務所では、布団に潜り込んで寝ることが禁じられており、潜り込んで寝ていると看守に声をかけられ起こされてしまいます(受刑者の自殺防止の観点からだそうです)。
しかし、佐久間はいくら注意されても、潜り込んで寝ることを止めず、声をかけて起こす看守に「大目に見てくださいよ。あんまり厳しいことばかり言っていると、あんたの当番の時に脱獄しますが、いいんですか」と脅しをかけ、ついに心理的に屈した看守達は、佐久間が布団に潜り込んで寝ていても注意せず、見過ごすようになる、といったエピソードが描かれています。
そして、結局、それが仇になって、佐久間が脱獄しても、布団に潜り込んで寝ていると錯覚した看守によって、脱獄の発覚が遅れてしまうということになってしまいます。

実は、この布団への潜り込みは、どの脱獄をするときでも必ず看守達は見逃すようになっていて、それが仇となってしまっています。
そして、刑務所側も、布団の潜り込みを見逃すことが、脱獄につながるという点を理解していて、刑務所長は、看守達に「佐久間に規則をしっかりと守らせるのだ。佐久間が布団に潜り込んで寝ていたら、声をかけ、布団から顔を出させるように。佐久間の脅しに負けてはならぬ。」と厳命するわけですが、どの刑務所でも結局、看守達は佐久間に屈してしまいます。

問題(布団の潜り込み)は分かっていながら、その対処方針が、「佐久間に屈してはならぬ」という精神論一辺倒でしかないというのは、日本らしい感じがします。
どの看守も屈してしまったことから分かるとおり、精神論だけで解決できる部分って、限度があるのでしょう。
布団の潜り込みの問題を解決したければ、そもそも潜り込めないように短い布団にするとか、そとから手を伸ばして、佐久間を起こさずに布団をめくって確認できるように工夫するとか、システマチックに解決する方法はありそうなのになぁ、という気がします。

また、佐久間が常に上に視線を走らせているので、刑務所側は上の格子窓を外して脱獄することを厳重に警戒していたら、床板を切り取って地下から脱出してしまったとか、毎日、食事の味噌汁を垂らして、鉄を腐食させて手錠や鉄格子を外して脱獄してしまったとか、虚虚実実の駆け引きから、想像を絶する手段を用いたりと、危険な犯罪者ではありますが、その常人を越えた能力には驚愕を覚えます。

そして、体力も尋常ではなく、3mは優にある刑務所の外壁を越える方法も、「壁を斜めに走って駆け上れば、壁は簡単に越えられますよ」と言って、実際、斜めに駆け上って、壁の上部に手をかけて、ひらりと乗り越えてみせたり、独房の壁を登る方法として、壁の隅に行き、それぞれの壁に手と足をぴったりとくっつけ、体を突っぱねながら手足をずり動かしながら天上まで登って見せたりします。

ずば抜けた発想力を実現する体力があるということなのでしょう。
知力、体力が揃っているからこそ、4度も脱獄をすることが出来たといえそうです。

本書でも書かれていましたが、その卓越した能力を脱獄ということだけに費やしてしまった人生というのはもったいない気がします。
もっと別方面に費やされていたら、違った人生が花開いていたに違いありません。

一方で、佐久間が脱獄する動機は、寒さへの恐怖とか刑量への反発とか色々理由はあるものの、大きなところでは、佐久間を縛るものに対しての反抗心が原動力となっているようです。
まさに、刑務所という環境は、その最たるものと言ってよいわけで、刑務所という環境が、4度の脱獄と言う史上類をみない偉業(?)を達成させたわけです。
そう考えると、一般の社会で、そこまでの環境に置かれなければ、佐久間の才能は花開かなかった可能性もあります。
人生に「もしも」はないので、実際は何が真実かは分かりかねますが、佐久間の才能が脱獄にしか活かされなかったのは残念な気がする一方、その才能は脱獄にしか活かせる余地がなかったのかもしれないなぁということも感じました。

私も、「自分の才能は、別方面でもっと活かせるのではないか」なんて思うこともありますが、実際突き詰めてみると、いま活かしている分野が環境その他の要因を考慮すると適切で、「もしも」の仮定は、意外と的外れなのかもしれません。

本書では、戦時・戦後の刑務所事情も詳しく書かれていますが、人手不足により、服役成績の優秀な囚人に、刑期短縮の恩恵を与えながら、看守の補佐をさせ、囚人監視に当たらせていたとか、法務省が囚人の食料にかなり気を使い、時期によっては、看守や一般庶民よりも良い食事を与えられていたなんていう話は、意外な話で大変興味深いところでした。

一般にはあまり知られることのない人物に焦点を当てつつ(どう考えても裏社会の人物ですから・・・)、当時の知られることの少ない刑務所事情なども丁寧に書かれていて、非常に読み応えのある一冊です。



【『破獄』より】

 
かれの人間としての能力は、破獄にのみ集中されている。もしもその比類ない能力が他の面に発揮されれば、意義のあることをなしとげたにちがいない。かれが悲運な男にも思えた。
 



[ 2014/07/12 07:26 ] 事件・犯罪 | TrackBack(0) | Comment(0)

【書籍:ギャングもの(実話)】 アンタッチャブル

【評価】★★★★★

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著者:エリオット・ネス
出版:早川書房


言わずと知れた、映画「アンタッチャブル」の原作です。
私も、映画「アンタッチャブル」を観て、どうしても読んでみたくなり購入し、その後、何度となく繰り返して読む本の一冊となりました。

原作も映画も主人公は、禁酒法時代、シカゴの街を牛耳った暗黒街の顔役アル・カポネと戦った禁酒法取締りチーム「アンタッチャブル」を率いたエリオット・ネスですが、映画と原作はだいぶ展開が違います。

原作では、エリオット・ネスがアンタッチャブル(「アンタッチャブル」は、ギャングの買収に屈しなかったことから、「誰も手に触れることができない者(=アンタッチャブル)」とあだ名されたのが由来)の主任に任命され、メンバーを集め、最後は、アル・カポネを刑務所にぶち込むまでの話で、映画も、まさに、その通りの展開であるものの、原作は、さすがに映画ほどの派手さはないものの、それがまたリアリティがあり、読み応えのある展開となっています。

アンタッチャブルを結成後、エリオット・ネスは、アル・カポネの密造酒工場を発見し摘発、そこで働く従業員を逮捕する-このような活動を地道に繰り返しながら、ついには、アル・カポネの資金源を断ち、ついにはアル・カポネを刑務所送りにすることに成功するわけですが、この密造酒工場の探索作業が、意外と地味。

酒場にやってくるビール運搬トラックの後を数日かけて尾行し工場を発見、その後は、工場の動きを知るため、数日間、張り込みを続け、ようやく密造酒工場に突入、摘発という流れ。

一見、華やかに見えるようでも、それを支えているのは地味で骨折りの多い活動。
偉大な業績も、裏では、それだけ大変な苦労があるというわけです。

また、読んでいて思うのは、当時のアメリカで、ギャングに買収される警察官の数の多さ。
これだけ買収されていたら、ギャングに街を牛耳られても仕方がないだろうと思えます。
警察官が買収されるのは、薄給であるとか、モラルの問題であるとか、要因は様々なのでしょうが、構造的な問題も大きそうです。
その構造的問題とは、警察官とギャングの距離感の近さ。
捜査をしていけば、ギャングとの接触や、時には協力関係を持つこともあり、これが一線を踏み越えれば、買収や癒着につながるわけですが、常に、この一線を踏み越える可能性は、どの警察官にもあるように思われます。

実際、買収に応じなかったエリオット・ネスも、アル・カポネの動静などを調べるために、街のチンピラを使って情報収集をする、なんていう場面が幾度と無く本書では描かれています。
そして、その情報に応じて金銭を支払っているので、これが度を越せば、癒着や買収などに繋がるでしょうから、よほどの注意が必要でしょう。
だから、アンタッチャブルのように、少人数で、メンバーの買収や癒着に目を光らせる組織にするというのは、アンタッチャブルの成功にとって、非常に重要な要因になったのではないかと思います。

また、本書では、エリオット・ネスが、あの手この手を駆使して、アル・カポネの情報を入手し、また、アル・カポネの裏を描くことに腐心します。
アル・カポネとエリオット・ネスの権謀術数(とは言い過ぎですが)を駆使した戦いが、本書の見所であります。

エリオット・ネスは、アル・カポネの事務所の盗聴から、捜査員をギャングの仲間に変装させ覆面捜査を行ったり、ギャングを二重スパイにして、アル・カポネ達に偽情報を流して混乱させたりと、日本の警察では考えられない手法を駆使していきます。

良い悪いは別として、アメリカって、相手を叩き潰そうと思ったら手段を徹底するという点は、本当に容赦ないなと思います。

一方、アル・カポネも、最初は買収という柔らかな手法を用いますが、そのうち、暗殺者を送り込んだり、銃弾のお見舞いや爆弾を仕掛けたりと、かなり手荒な手法に発展。
さすがに、映画のように、アンタッチャブルのメンバーが何名も殺されるということにはなりませんでしたが、エリオット・ネスの運転手兼ガード役が殺されるという事態も起こります。

アンタッチャブルの捜査活動は、想像よりも地道な活動が多いものの、相手となるアル・カポネの殺しという派手な対抗手段が存在するため、読んでいてかなりスリリングに感じます。
まぁ、当事者であるアンタッチャブルの面々にしてみれば、スリリングとか言っている場合ではないでしょうが・・・。

そして、アンタッチャブルの地道で堅実な活動が効を奏し、アル・カポネを11年の懲役刑に処するところまで漕ぎ着けます。

最後、刑務所に収監されるアル・カポネをエリオット・ネスが護送に付き従いますが、そこでの二人の会話も印象的でした。

カポネ:「今回は、運が悪かっただけだ。しかし、この商売、思ったほど良い商売ではなかった。なにせ、警察官の買収資金がかかりすぎて、大した儲けにはつながらないからな。やるなら、やはり合法的な商売だな。」

ネス:「その言葉をあんたから聞くとおかしく聞こえるな。もし、合法的な商売だったら、最初から、手を出さなかったんじゃないか?」

非合法でリスクがあるものの、参入者がいないという点があるからこそ、非合法ビジネスというのは、一定のうま味があるということなのでしょう。
実は、非合法なビジネスを撲滅させるもっとも手っ取り早い方法は、合法化するということなのかもしれません。

実際、酒造業は、アンタッチャブルの活躍から数年後、禁酒法が廃止され合法化されることになります。
アンタッチャブルが命を賭けて戦ったことを思うと、なんとも皮肉な結末です。

なお、エリオット・ネスの活躍を描いた作品としては、「アンタッチャブルの活躍」、「最後のアンタッチャブル」という2冊が日本語でも出版されているようです。
ただし、絶版になっているようなので、書店では手に入りませんが、アマゾンなどでは中古品が売っているようなので、機会を見て入手し読んでみたいと思います。


【『アンタッチャブル』より】
 
肚の底を切りさいなまれる思いをするのは、危険に直面しているときではない。待っていて、何がくるのかわからないときだ。
 


[ 2014/01/16 06:48 ] 事件・犯罪 | TrackBack(0) | Comment(0)

【書籍:事件小説】 海と毒薬

【評価】★★★★☆

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著者:遠藤周作
出版:新潮社


妻から、「待ち時間に読める手頃な本はない?」と聞かれたので、薦めたのが「海と毒薬」。
分量が少なく、内容も、確か、人間の肝臓を食べるショッキングな話だったようなという、うろ覚えの記憶から、妻の趣味・嗜好のマッチするだろうということで、薦めたわけであります。

本を薦めた手前、内容を把握していないのはおかしいので(大昔に読んで、すっかり記憶から内容が抜け落ちてしまっています・・・)、もう一度、読み返してみました。

・・・・「人間の肝臓を食べるショッキングな話」って、全然違いました。
なんだか、こんな形で記憶違いしていた自分がかなり恥ずかしくなってしまいました。

内容は、戦時中に実際起きた、アメリカ兵捕虜を生体解剖したという事件をモチーフにしたものでした。
ただし、その事件を題材にはしているものの、登場人物などは全て創作されたものであるそうです。

九州の大学病院で、アメリカ兵捕虜を使い、「血液の代わりに食塩水を注入した場合、どのくらいの量を入れると死んでしまうのか」「肺を切除した場合、どこまで切除すると致死となるのか」といった、軍事医療の進歩に必要な人体実験(被験者は確実に死亡することになる)を行うことになり、その実験に参加した医者・看護婦のうちの3名に焦点を当て、彼らの歩んできた人生、実験参加前、そしてその後の心の動きを描いています。

描かれているのは、勝呂医師、戸田医師、上田看護婦の3名ですが、性格も歩んできた人生もかなり異なります。

勝呂医師は、自分が大学病院に残れるほどの頭も才能もないとあきらめきっていて、後は、どこかの町で開業医をして平凡に暮らせればいいのではないかと思っている。しかし、自分で行動を起こすわけではなく、日々、流されて生活している。

戸田医師は、子供の頃から頭も要領も良く生きてきている。そのため、悪いことをしても、見つからなければ良いと考えていて、世間的な罰を受けることは恐れても、悪いことをした際の良心の呵責という心境は一切持ち合わせていない。戸田医師は、良心の呵責を感じない自分の心について、心の奥底で不思議に感じている。

上田看護婦は、不幸な結婚生活、離婚という経験をしたことから、社会に対して疎外感を感じている。
そのため、他人に対して無感動・無関心なところがある一方、幸せだったり、正義や正論を主張する人間に対しては憎悪の念を抱いている。

この3名、三者三様に、実験への参加動機、参加後の心の動きがだいぶ違っています。

勝呂医師は、実験参加要請に対し、何も考えることなく成り行きで参加することになります。
しかし、実験の時には、殺人行為を行っているという意識から、何も出来ずに、人体実験の様子を眺めたまま過ごしてしまいます。
そして、人体実験終了後は、殺人行為に加担したという罪悪感で平静さを取り戻せず動揺し続けます。

戸田医師は、殺人行為に加担すれば、良心の呵責を感じるだろうか、という疑問を解決するために、実験に参加します。しかし、実験が終わった後も、良心の呵責を感じることはありませんでした。

上田看護婦は、正論を吐き自分を非難した人物を見返すために実験に参加します。
実験後は、病院で、人体実験という非人道的な行為が行われたということを知っている、ごく限られた人間の一人であることに、優越感を感じます。

この本を読み終わって、大昔、私がだいぶ若かりし頃、この本を読んだときの感想を思い出しました。

「もし、自分がこの立場にいたら、絶対に実験への参加は拒否しただろうし、実験をやろうとした人達を非難しただろう。そんなことができず、実験へ参加した勝呂医師達は、情けない人物だ。」

正直、今は、こんな感想を言える自信は全くないですね・・・。
若い頃の純真さや正義感を失ってしまったようで、少々後ろめたい気分です。

とは言っても、年齢とともに、抱く感想は変ってくるのは当然なので、若いときに抱いた感想をそのまま、年を経ても抱き続けることができないのは、当たり前の話かもしれません。
じゃあ、今は、この本を読んでどんな感想を持ったの?ということの方が大切なのでしょう。

今回、この本を読んで一番気になった人物は戸田医師でした。
「悪いことをすること」について、世間的な罰が抑止力にはなっても、良心は何の効力もない(かなり意訳した表現ですが)というのは分かる気がします。

私自身を振り返ってみても、親兄弟、友人との人間関係の中で、彼らから軽蔑を受けたり、信用を失うことを恐れる(軽蔑を受ける、信用を失う=世間的な罰)からこそ、悪いことをしないのであって、そういった人間関係が一切なくなれば、悪いことをすることに躊躇しなくなるのではないかと思っています。

「悪いことをすることを抑止する源泉」=「良心」と捉えるのであれば、自分の「良心」は自分の中にあるのではなく、人間関係という外部に置かれていると言えそうです。

そして、この「良心」は、親兄弟、友人の価値観などにも大きく左右されることになります。
おそらく、戦時下の日本に生きていたのであれば、軍国主義的な価値観が幅を利かせるなかで、「良心」もその影響を大いに受けるでしょうから、実験参加を自信を持って拒絶できるか、大いに不安のあるところです。

では、「良心」をどこに置けばよいのか?
遠藤周作さんの考えていた答えは、宗教だったのかもしれません。
宗教も、自分以外の誰かが考え作り出したものなので、「良心」を宗教に置く(悪いことをすることの抑止力の源泉を宗教に求める)というのも、「良心」を自分の外に置くことには変りはありません。

ただし、宗教のメリットは、(全部の宗教がそうではありませんが)、長い年月をかけ、多くの人が議論し作り上げてきたという安定性があるということです。
その点では、「良心」を、自分の生まれ育った場所などの偶発性により築き上げられた人間関係の中に置くよりは、「宗教」の中に置いた方が、安定性もあり、普遍的な価値観での「良心」の発露が期待できるかもしれません。

他方、「宗教」に「良心」を置いたつもりが、「宗教指導者」に「良心」を置いてしまうという危険性があるのが、「宗教」の問題点です。

結局のところ、自分の「良心」が、どこに依存しているのか、見極め認識できるかどうかが、大切なことなのだろうと思います。

・・・・なんだか、単なる読書感想文を書いたようになってしまいました。
読書感想文みたいなものを書いていると、宿題に追われている中学生の気分になってしまいますので、とりあえず、ここで終了!

[ 2012/07/20 23:22 ] 事件・犯罪 | TrackBack(0) | Comment(0)
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kappa1973

Author:kappa1973
 
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★★★★☆:良い作品!
★★★★★:殿堂入り!?

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