FC2ブログ

読書と映画

読んだ本、見た映画について感想を書いています。
2019 07123456789101112131415161718192021222324252627282930312019 09

【書籍:経済】 ヤンキー経済 -消費の主役・新保守層の正体

【評価】★★★★☆

yanky_economy.jpg
著者:原田曜平
出版:幻冬舎新書




【一頃話題になった本】


一頃、大いに話題になった本。話題になった時は、あまり手に取る気が起きなかったのですが、ブックオフにて100円で売っていたので読んでみることに。
話題の本というのは、あっという間に、ブックオフで100円で売られる運命にありますな・・・。

話は変わりますが、毎朝、「ZIP」を見ています。
「ZIP」に時折、安田大サーカスのクロちゃん似の人が登場して、最近の商品トレンド情報など解説していて、毎度のように「なんで、クロちゃんが経済情報を解説しているの?」とボケをかまし、毎回、飽きられながらも妻に突っ込まれるという、定番の儀式(?)を行っています(笑)。

本書の裏付けを見たら、著者の写真がのっており、なんと、そのクロちゃんでした。
いやはや、ご活躍のようです。



【今の若者の生態】


さて、本書の内容は、最近の若者の一定割合に、小中学校時代の狭い人間関係に満足して都会に出たがらない層がいるよ、というもの。

社会人近い大人になっても、小中学校の友人たちとつるみ続け、都会や世界に打って出て自分を成長させたり、上のステージに上ることに興味を示さず、現状の生活を維持し続けられればいいと思っている若者が結構いるということで、本当に?とびっくりするくらい、内輪志向な人がいるなぁと読んでいて驚いたのでした。



【いつメンとつるむのはありがち?】


私は、小中学校の地元のつながりが全然ないため、本書で書かれているような人間関係が存在することに驚きを覚えたのですが、職場の友人であれ、学生時代の友人であれ、いつものメンバー「いつメン」とつるみがちなことを考えると、それが小中学校時代に築いた人間関係か、もっと大人になってから築いた人間関係の違いかということなのかもと、思うところもありました。

仲の良いメンバーと、いつも変わらず集まってバカをしたり、くだらないことを話したりという関係はうらやましさを覚える反面、閉塞感も覚えるかもと思うと、良し悪し半々とも感じます。



【狭い地理感覚】


本書に出てくる若者が、地元のメンバーと離れたくないので、東京には出たくないーと言いつつ、住んでいる場所は、東京まで電車で15分もあれば行ける近さだったりと、地元感覚というか、地理感覚が、半径5キロ四方の中がテリトリーという感覚は、なかなか想像しがたいものがあります。

ただ、交通やITなどが発達していなかった時代は、このくらいの感覚は普通だったのでしょうし、人間のテリトリーや地元意識というのは、場所に規制されるのではなく、そこでの人間関係に規制されると考えると、人間関係の広さが、テリトリーをどこまでと考えるかに影響を及ぼすのでしょう。



【人間関係のメンテナンスに力点】


こういった若者層は、金銭的には裕福ではないにせよ、少し前のブランド志向だったり、友人との人間関係をメンテナンスするための費用を惜しまないという性向があり、他の若者よりも購買意欲が高く、新たな消費者層になるのでは、というのが本書の主張です。

最近、車などの消費が落ちているという話はよく聞かれますが、この層の車購入の目的が、仲間と一緒にワイワイとドライブできるワゴンタイプの大きな車を・・・というものなので、実は、マイルドヤンキー層(本書ではこういった層をこのような呼び名で呼んでいます)も、消費性向の目的は人間関係のメンテナンスという点に力点が置かれていそうです。

マイルドヤンキー層以外でも、SNSなど人間関係のメンテナンスに強い関心があることを考えると、それぞれに築いている人間関係の広がりや特質の違いによって、同じ人間関係のメンテナンスとは言え、その手法が異なっているということなのかもしれません。



【主流派か傍流か】


マイルドヤンキー層が今の若い世代でどれくらいの比率を占めているかはわからないので、この層が主流派なのか傍流なのかによって、本書の副題にあるように「消費の主役」になりうるかは変わってきそうです。

人間、自分の生きている環境やせいぜいその周辺しかわからないものなので、マイルドヤンキー層なる存在があることについて、多くの人々が驚きをもって迎えるか、「たしかに、あるある」と共感してみるのか、その反応によって、マイルドヤンキー層が主流派なのか傍流なのかはわかってくることになるのでしょう。

私は、驚きをもってマイルドヤンキー層の存在を認知しました。


【『ヤンキー経済』より】
 
ただ、進取の気性がないからと言って、彼らが未来に対して夢も見られないとか、絶望を感じているかというと、そうではありません。言い方が難しいのですが、過剰な希望も過剰な絶望も抱いていないというのが、正確なところでしょう。
 
(書き出し)

最近、「『ヤンキー』を街で見かけなくなったなあ」と思っている方はいませんか?
 
(結び)
だから彼らが望む消費は、かつての若者たちがそうだったような、「今の自分を変革し、高いステージに上がるための消費」ではなく、「現状維持を続けるための消費」です。このことを念頭に置けば、彼らのニーズを汲んだ商品やサービスの開発は、きっと成功するはずです。
 



スポンサーサイト



[ 2017/10/15 00:00 ] 政治・経済 | TrackBack(0) | Comment(0)

【書籍:経済】 地域の力を引き出す企業 -グローバル・ニッチトップ企業が示す未来

【評価】★★★☆☆

gnt_enterprise.jpg
著者:細谷祐二
出版:ちくま新書




【300社を訪問、分析】


地方創生が叫ばれる現在、しかし、思うように地方活性が進まない中、地域経済を活性化させるには、どんな企業を育成・支援していくべきか、そんな問いに対して一つの解を述べているのがこの本。
著者は、経済産業省に努めるかたわら、全国各地の企業300社を回って、これからの将来、どのような企業が伸びていくかということを分析しています。

300社、統計的には少ない数ですが、一個人が話を聞きに回る数としては、かなり大変だなぁと思うわけです。
足掛け何年にも渡って企業を訪ね、話を聞いて回ったそうですから、相当の苦労、労力があったのだろう、そんな印象を受けるのでした。



【鶏頭牛後】


著者が300社を回って得た結論は、グローバル・ニッチトップ企業が、日本の今後を支えるというもの。
グローバル・ニッチトップ企業―聞きなれない言葉ですが、その意味するところは、世界市場に進出する実力を兼ね備えつつ、ビジネスをする市場は、大手企業などが参入しづらい、特定の分野に特化した狭い市場をターゲットとし、その分野でトップのシェアを握り、他の追随を許さない企業、といったところのようです。

諺にするなら、「鶏頭牛後」でしょうか。
大きな市場でビリになるより、小さな市場でトップになれる企業が今後の経済を支えるというのが著者の主張であるわけです。



【自分の中のニーズを掴みだせるか】


と言っても、なかなか簡単にグローバル・ニッチトップ企業になるのは難しいわけです。

何が壁になるかというと、小さな市場をターゲットにすると言っても、その市場で売れる製品を製造・投入できなければ、ニッチ市場と言えども、シェアのトップを握るのは難しい。

本書でも、「売れる製品にはニーズの把握が不可欠であり、一番重要な条件。しかし、それが一番難しい課題である」と述べています。
ニーズを見つけ出す一つの方法として、本書では、自社の中にあるニーズを発掘して、製品に結び付けることを提言しています。

確かに、ソニーのウォークマンは、ソニーの創業者盛田昭夫氏が、飛行機の中で音楽を聴くため、プライベート用として社員に作らせたのがきっかけで生まれたという有名なエピソードもあるくらいですから、自分が欲しいものは人が欲しいもの、ということがあるのかもしれません。

こういう自分の欲しいものからニーズをつかんだ事例は、それこそ、スティーヴ・ジョブスが生み出したアイフォンなんかは好事例でしょうし、それが上手くできる人、企業は大きく伸びるのだろうと思う反面、意外とそれが難しいのかもとも思います。



【評判と信用】


そして、ニーズをうまく掴み、それを製品化したりする技術や力があれば、今度は、そういった評判を聞きつけた大手ユーザー企業から相談の形でニーズを持ち込んでもらえる、という好循環が生まれると本書では指摘をしています。

良い評判や信用をどうやって築くことができるか、企業に限らず、個人が日常生活や仕事をするうえでも重要なことなのかもしれません。
そう考えると、企業の発展や善し悪しを考えるにあたって、何も難しく考えず、個人レベルの生活を思い浮かべて当てはめることができるのかもしれないと、本書を読んでいて感じるところでした。



【有効なネットワークとは】


本書は、中盤から後半にかけて、企業論や産業論に関する他の学説を紹介しつつ、著者の主張の強化、裏付けを行っています。
その中で、面白いと思った学説が、ネットワークにおける、他者との結びつきに関するもの。

他者とのネットワークは、強固で密接な程、入ってくる情報量や内容が充実するのではと思いがちですが、意外にも、密接でない薄い繋がりを幅広く持っている方が、様々な情報が集まるという学説があるそうです。

強くて緊密な関係の場合、お互いの情報のやり取りが密になるが故に、互いの持つ情報も同質化して、新しい情報が入手しづらくなります。
しかし、弱い繋がりの場合、そこから得られる情報は、普段から接していないだけに新しい情報である可能性が高く、そういった弱い繋がりを広く持っていると、それだけ、色々な新しい情報に接しやすい・・・ということのようです。

なるほど、年一回の年賀状のやり取りをする関係も、実は意義があるかも・・・と友人・知人との疎遠さを正当化してしまったのですが、さすがに、年賀状の交換だけでは、新しい情報は得られないだろうなぁ(笑)。



【小さな企業を応援】


グローバル・ニッチトップ企業が、果たして日本の経済の救世主となるかどうかは、分かりませんが、小さな企業を応援したいという著者の心意気は伝わる内容でした。

現在、国内の大企業が軒並み不振に喘いでいることを考えると、小さな企業に着目してみるというのも、一つの考え方なのかもしれません。


【『地域の力を引き出す企業』より】

 
それと軌を一にするように、アンケート調査で必要な支援を聞くと、販路開拓がトップに来る状況が続いている。製品が売れなくて困るというのが、最大の悩みなのだ。
 
(書き出し)
地域経済の振興は難しい。伸び盛りの新興国や途上国はいざ知らず、日本のような成熟した資本主義経済では本当に難しい。
 
(結び)
手始めに、彼らを講師に研修を実施してみてはどうか。意欲のある市町村の手が挙がることを期待したい。
 




[ 2017/09/09 00:00 ] 政治・経済 | TrackBack(0) | Comment(0)

【書籍:政治・経済】 爆買いと反日 中国人の不可解な行動原理

【評価】★★☆☆☆

bakugai_hannichi.jpg
著者:柯隆
出版:時事通信社


中国経済の専門家による、中国の文化や風俗面について語った本です。
「爆買いと反日」という、中国と言えば的なキーワードがずばり付いていますが、実際は、爆買いや反日について触れられている部分は殆どなく、更には、一般庶民の動きよりは、指導部や共産党独裁体制に関する記述が多い印象でした。

私は、この手のナショナリズムの匂いがしそうな(日本最高とか、はたまた逆に日本バッシングのような内容)本は興味がなく、本書も、タイトルからすると、ナショナリズム的な匂いがするので、普段だったら手にすることはないのですが、セミナーに出席した時に頂いてしまったので、読んでみることにしました。

タイトルから想像するのとは反して、戦後、毛沢東率いる共産党が一党独裁を確立する過程で起きた、様々なひずみや、政権をとる前と後での毛沢東の変質など、あまり知らない中国の歴史が書かれていて、面白いところもありました。

国民の行動原理や思考って、やはり、国の体制に左右されるところが大きいのだなと実感。
特に、中国の場合、権力から落ちれば、すなわち死、破滅となる場合も多く、現在、権力を握っていようと、常に転落と破滅への不安があるため、傍目からみると、とんでもない汚職やひどいことも行われるという説明は、人間、安定した場所が用意されないと厳しいものがあるなぁと感じました。

中国は経済が発展し、国民の物欲はかなりの割合で満たされていますが、他方、精神面の充実は満たされていないということも述べています。
一党独裁体制で、情報や文化、芸術なども制限がされているので、さもありなんという気はしますが、以下のエピソードは考えさせられました。

米国人が書いた「醜い米国人」は、後に米国務省が指定した参考書になったが、日本の駐アルゼンチン大使は「醜い日本人」を書いて辞職させられた。そして、「醜い中国人」を書いた中国人(台湾)作家柏氏は、台湾で蒋介石の逆鱗に触れ投獄させられた。

投獄されるのもすごいですが(中国本土でなく、台湾の話ではありますが)、日本も案外、負けず劣らずの対応。
アメリカは、マッチョ思想で色々と問題もありますが、民主主義の理念に対しては軸がぶれておらず、その点は関心をさせられます。
日本は、中国の政治体制や国民文化の未熟さを笑うようなところがありますが、日本自身も自らを振り返らないと、中国を笑うに笑えない状況になりそうです。

それから気になったのが食の話。
中国人にとって一番大切なものは「料理」だそうです。
確かに、中華料理といえば、世界三大料理の一つであり、自他共に、中国が誇るべき文化だと思います。

しかし、近年、年配の中国人は「昔は、すべての肉や野菜を安心して食べられたが、今の食べ物はどれに毒が入っているのか分からない」とよく不満をもらす・・そうです。

中国の食の安全性に対する信頼がかなり失われる事件も多発しましたし、こういったことで、中国の歴史ある料理の文化が損なわれることがないことを祈りたいものです。
領土問題や経済活動で、何かと確執もある日中ですが、それぞれ、誇るべき文化を持っており、それをお互い尊重し、敬意を表することで、建設的な関係を築いていきたいものです。


【『爆買いと反日』より】
 
中国人にとって一番大切なことは何だろうか。それは間違いなく「料理」である。
 



[ 2016/04/09 00:00 ] 政治・経済 | TrackBack(0) | Comment(0)

【書籍:経済】 オウルの奇跡 -フィンランドのITクラスター地域の立役者達

【評価】★★★☆☆

oul_miracle.jpg
著者:ミカ・クルユ
訳者:末延弘子
監修:ユッカ・ビータネン、笹野尚
出版:新評論


フィンランドのオウルという小さな町で、シリコンバレーならぬ、ITバレーを築くことに成功したという話について書かれた本。
どこかで、この話について耳にしたことがあるなぁと思いながら読み始めましたが、監修者の名前-日本政策投資銀行の笹野尚さんを見て、ピンとひらめきました。

以前、読んだ「産業クラスターと活動体」は、この笹野尚さんが書いた本ですが、その本の中でオウルのITバレーについて紹介されていたのでした。
笹野さんは、産業集積方面の専門家のようです。

本書は、1960年代中頃から1980年代までの間に、フィンランドのオウルという小さな町にIT産業が集積していった過程を、何名もの関係者、キーパーソンの動向をそれぞれ記すことで、オウルのIT産業集積とは何だったかを明らかにしようとしています。

感じとしては司馬遷の「史記」の列伝方式を採用した書と言ったところでしょうか。

「産業クラスターと活動体」を読んだ時には、オウル市のIT産業集積の過程にダイナミックさを感じたのですが(おそらくそのような感想だったので、頭の隅にオウルという名前が残っていたのでしょう)、本書を読むと「産業クラスターと活動体」の時に感じた印象よりも、分かりにくさの方が出てきてしまった印象でした。
どことなく、政府の公式刊行物を読んでいるかのような感じ。

そもそも、本書の前書きに、オウル市が産業だけでなく自然や文化面でも豊かで人々が暮らしやすい街であるといったことが手放しで称賛されていて、「・・・むむ?これほど優れた土地柄なら、産業集積とかにわざわざ頑張らなくても、自然体でやっていける地域なのでは?」と思ってしまったのですが、前書きの最後に記されていた、このコメントを寄せた人の名前を見たら、オウル市の元市長(IT産業集積が進められた当時の市長)でした。
まぁ、市長の立場なら、こんな表現になるよなぁという感じで、ちょっと行政視点の評価に寄っている印象もありました。

また、本書でも書かれていましたが、「オウルの奇跡」は一人の人間の功績ではなく、多くの人々の活動の集合体が結晶した成果であるということで、各人の役割がある意味限定的であった点も、一人一人の行動だけからは、「オウルの奇跡」の大きなストーリーが見えづらいというところがあったような気がします。

しかし、それでも大雑把に「オウルの奇跡」の流れを整理してみると、1960年代にオウル大学が設立され、IT分野での研究が熱心に行われるようになり、その取り組みを受け、1970年代からはオウル市もIT産業集積のために事業投資を始める。
そして、1980年代なりIT分野の大きな潮流が生まれ始めると、ノキア社(携帯電話で世界規模の発展を遂げた会社)が、オウル市のIT産業の支援体制・研究機関等の基盤が整っていることに目を付け、元々オウル市にあった工場を軸に携帯電話事業を拡張。
ノキア社の成功の波に乗る形で、オウル市のIT産業集積が一挙に拡大。

本書を読んで見て感じたことは、1980年代にITブームが到来した時に、産業を受け入れる準備がオウル市においてはできていたという点。
そして、その準備は1960年代半ばのオウル大学設立から始まっているわけですから、1980年代の発展のために、20年近い準備を続けていたということになります。

オウル大学の教授が積極的にIT分野への研究へシフトを働きかけ、行政などの関係者も巻き込んでいったわけですが、先見の明のすごさと一言で言ってしまえばそれまでですが、おそらく、オウル大学の教授のそれは、先見の明とはちょっと違うのでしょう。

1960年代に現在のITの社会・生活への浸透ぶりを具体的に予見できた人(それこそ、携帯電話やiPhoneの普及といった事象の予測)はいなかったことを考えると、オウル大学の教授の考えは、夢や空想レベルに近い考えに思い切って投資したというところのような気がします。
それこそ、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に描かれた未来予想図レベルの確証性のない将来予測に基づいて、映画の世界を実現するために、投資決断をするといった感じでしょうか。

そして、20年後、まさにキター!という感じで、一挙にオウル市が産業発展を遂げたわけですが、オウル大学がおこなったようなことは、到底真似することは難しそうです。
今から、20年後、30年後、どんな産業分野が花開くかを予測することが難しい(そして、その予測の確証性を高めることも求めると、更に難易度は高くなります)でしょうから、この分野に20年間投資を続ければ、20年後、30年後にこの地域がその産業で一気に花開くということは、簡単には言えないでしょう。

そう考えると、オウル市で起こったIT産業の集積は、簡単には再現できることではなく、だからこそ、「オウルの奇跡」と呼ばれる所以なのでしょう。

オウル市の20年、30年かかった取り組みを安易に真似れば、失敗に終わる確率が高そうなことを考えると、地域の課題を解決するためにオウル市の取組が即効性を持つ特効薬にはならないのだろうと思います。
他方、「オウルの奇跡」が多くの人の取組と努力が集結して(様々な幸運、偶然に恵まれたことはあるのせよ)実現したということを踏まえれば、本書は、多くの人の汗と努力の物語として読むことができ、努力や信念の大切さと言うことを学ぶ上では、参考になる本と言えるのでしょう。


【『オウルの奇跡』より】
 
しかしながら、たった1人の奇跡の父を探そうとしても無駄である。そんな人は1人もいないのだ。オウルのハイテク現象は多方面から成り立ったものである。
 


[ 2015/11/05 00:00 ] 政治・経済 | TrackBack(0) | Comment(0)

【書籍:経済】 ブラック企業ビジネス

【評価】★★★☆☆

black_company.jpg
著者:今野晴貴
出版:朝日新書


読んで、久々に怒りを覚えた本でした。
ブラック企業やそれを助長する弁護士、社労士の存在は、本当に酷いものがあります。

最近は、有名企業では、ワタミやすき家、ユニクロ辺りがブラック企業としては取りざたされ、特に、ワタミ、すき家は報道を見ていても酷いものがありますが、本書を読んでみても、やっぱり、ワタミ、すき家は酷すぎると感じました。

すき家を運営しているゼンショーは、アルバイトに対する残業代不払いで訴えられたわけですが、その訴えに対する抗弁が酷すぎる。
ゼンショー曰く、「すき家で働いているアルバイトの雇用形態は業務委託であって通常のアルバイトのような雇用形態ではない。業務内容・スケジュールは、アルバイト自身が自ら決めており、ゼンショーが業務を直接指示しておらず、委託した業務をアルバイトの裁量でこなしているので、働く時間は、アルバイト自身の裁量で決められている。ゼンショーは、あくまで委託した業務量に対して賃金を払っており、働いた時間に払ってはいない」といった趣旨の理屈で、残業代はそもそも支払う必要が無いと主張。

アルバイト採用は時給で行っているであろうに、こんな無茶苦茶な主張をするとは・・・。
端から、安い労働力を使い捨ててやろうという思想が見え見えで、読んでいて腹ただしいこと、この上なしでした。

こういった企業が取る戦術は、どんな無茶な主張になろうとも、とりあえず、訴訟を引き延ばし、経費がかかるようにすることで、資本力に乏しい原告側(訴えるのは元アルバイトなど、資金力の乏しい個人ですから)が、資金切れであきらめるのを待つというもの。

そして、こういった戦術を勧めるのが、企業側に付くブラック弁護士であるわけです。

ただし、この戦術も、原告側が引き延ばし戦術に耐えきってしまえば、理屈では完全に原告側に利があるので、企業側が負けて支払をしなければならなくなります。
結局、得をするのは、引き延ばしにより訴訟費用を稼ぐことになるブラック弁護士だけという構図。

さすがに、弁護士が社会正義を実現するためにいるという幻想は全く抱いていないにせよ、あまりに正反対の立場にいる弁護士の存在には、げんなりさせられました。

本書では、訴訟費用を稼ぐことを第一目的に、訴訟を引き延ばしたり、さまざまな妨害や、明らかに誤った法律解釈を振りかざす行為を、「法制度の攪乱」と述べています。
弁護士は、本来であれば、法制度を理解し、正しく解釈し(もちろん、法律の規定はあいまいな部分もあるので、解釈の違いが論争のテーマになるわけですが)、その上で、議論をするはずなのですが、ブラック弁護士の場合、詭弁であろうと、間違った解釈であろうとお構いなしに、とりあえず、どんな方法であろうと勝てれば(もしくはお金を稼げれば)良いというスタンス。
確かに、それでは、法制度を攪乱することによって、利益を得ていると言われても仕方がないでしょう。

しかし、考えて見ると、ドラマ「リーガル・ハイ」の主人公である弁護士・古美門研介なんかは、この基準から考えると、ブラック弁護士そのものであるわけですが、「リーガル・ハイ」の人気を考えると、こういうブラック弁護士の方が、世の中に通用しやすいのかもしれません。

本書では、「法制度の攪乱」がまかり通る理由として、訴訟制度の在り方にも言及しています。すなわち、訴訟の世界で、一番効果的な方法が資金力に物を言わせるというもの。
引き延ばし戦術なんかは、まさに資金力格差を利用して、相手の兵糧が尽きるのを待つという、その最たる方法なわけで、結局、金がある方に勝ち目があるというのは、非常にやるせないものがあります。

博奕の最高の必勝法は、勝つまで賭け続けるというものですが、要は、博奕に勝つには資金力が一番重要ということ。
ブラック企業との訴訟の構図も、まさに、博奕の構図とそっくりなわけです。

訴訟が結局、博奕と変わらない構図だとすると、資本力の乏しい人達は、ブラック企業に搾取された上、泣き寝入りするしかないわけで、どうにかならないのかと、憤りを覚えます。

ただ、ワタミもゼンショーも、ブラック企業というレッテルが貼られた影響で、業績が著しく悪化しているようなので、搾取される側としては、声を上げ、企業の不当行為を訴えることで、世論による鉄槌を下させるということが、一番、効果があるのかもしれません。
実際、私も、ワタミやすき家の自殺した従業員などへの対応を見て以来、全く、足を運ばなくなりましたし、企業のイメージが悪化すれば,思った以上に効果があるのではという気がします。

ブラック企業は、結局のところ、経営者の人に対する考え方が色濃く反映しているように思われます。そして、ブラック企業を助長する弁護士などの士業も、その人の在り方が、そのような立場に立たしめる結果になっているのでしょう。

そう考えると、ブラック企業の増加やブラック士業の増加は、他人に対する思いやりは配慮に欠けた人が増えていることの結果のように思われ、社会や社会を構成する人間の劣化が招いているのかと考えると、先行きの暗さを覚えます。

ただ、いずれにしても、引き続き、ワタミやすき家には行かないことだけは確かだなということをあらためて決意させられたのでした。


【『ブラック企業ビジネス』より】
 
ブラック企業は、従来の社会関係の「信頼」を糧としてこれを食い潰していく。
 


[ 2015/01/07 09:08 ] 政治・経済 | TrackBack(0) | Comment(0)
ページ最上部へ

プロフィール

kappa1973

Author:kappa1973
 
読んだ本と映画について、感想を書いていきたいと思います。
 
評価は5段階で・・・
★☆☆☆☆:焚書坑儒!
★★☆☆☆:時間の無駄
★★★☆☆:損はない
★★★★☆:良い作品!
★★★★★:殿堂入り!?

アクセス数
アクセスランキング
[ジャンル]: 映画
168位
[サブジャンル]: レビュー
82位
カレンダー